おんな (森進一の曲)
「おんな」 | ||||
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森進一 の シングル | ||||
B面 | 女のワルツ | |||
リリース | ||||
ジャンル | 演歌 | |||
時間 | ||||
レーベル | ビクター | |||
作詞・作曲 | 山口あかり(作詞) 城美好(作曲) 森岡賢一郎(編曲) | |||
チャート最高順位 | ||||
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森進一 シングル 年表 | ||||
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『おんな』は、1969年7月25日に発売された森進一の13枚目のシングル。
収録曲
[編集]映画
[編集]夜の歌謡シリーズ おんな | |
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Woman | |
監督 | 鷹森立一 |
脚本 | 成沢昌茂 |
製作 | 吉峰甲子夫 安斉昭夫(企画) |
出演者 | 野川由美子 梅宮辰夫 森進一 橘ますみ |
音楽 | 八木正生 |
撮影 | 飯村雅彦 |
編集 | 長沢嘉樹 |
製作会社 | 東映東京撮影所 |
配給 | 東映 |
公開 | 1969年11月20日 |
上映時間 | 88分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
前作 | 夜の歌謡シリーズ 悪党ブルース |
次作 | 夜の歌謡シリーズ 女のみち(1973年) |
本曲を題材にした歌謡映画『夜の歌謡シリーズ おんな』が、1969年11月20日に東映系で公開された。カラー、シネマスコープ、88分。『夜の歌謡シリーズ』の第8作[1]。
なお『夜の歌謡シリーズ』は本作をもって一旦中断、次に新作が公開されるのは、4年後の1973年公開の『夜の歌謡シリーズ 女のみち』である。
スタッフ
[編集]- 企画 - 吉峰甲子夫、安斉昭夫
- 脚本 - 成沢昌茂
- 監督 - 鷹森立一
- 撮影 - 飯村雅彦
- 美術 - 江野慎一
- 音楽 - 八木正生
- 録音 - 内田陽造
- 照明 - 銀屋謙蔵
- 編集 - 長沢嘉樹
- スチル - 藤井善男
出演者
[編集]- 佐藤加津子 - 野川由美子
- 佐藤進 - 森進一
- 佐藤雅美 - 橘ますみ
- 三田花枝 - 松井康子
- 中原笑美子 - 小林千枝
- 北山洋子 - 中千鳥
- 望月セキノ - 浦辺粂子
- 宮下裕次 - 晴乃チック
- 深野健 - 八名信夫
- 杉江正敏 - 名古屋章
- 大前大五郎 - 遠藤辰雄
- 刑事 - 小松方正、大塚吾郎
- 神戸のやくざ - 永山一夫、佐藤晟也、須賀良
- ヌードスタジオの客 - 大泉滉、左卜全
- 小張卓也 - 梅宮辰夫
製作
[編集]主演は野川由美子とするものと[2]、梅宮辰夫とするものがある[1][3]。本作は浅丘ルリ子主演の1969年日活『女体』で扱われた女の性を企画に取り入れた[2]。宣伝用ポスターでも野川を脱がせ、髪をボサボサにした『女体』のポーズを意識した[2]。野川は当時、所属する日活の「夜の牝シリーズ」という「夜の歌謡シリーズ」と同傾向の作品にも出演していたが「『夜の牝シリーズ』にはドラマがない。東映の作品に入るとホッとする」などと日活を批判した[2]。野川は日活の専属女優ながら[4]、東映の女優不足で日活から貸し出され[4]、野川出演映画の興行成績が良く[4]、「夜の歌謡シリーズ」四本目の本作で当時の東映では異例の他社俳優ながら主役を張った[4]。野川自身も親東映派を任じたため[4]、東映で複数の主演作が製作された。東映は野川を徹底的に脱がして売り物にしようと画策したが[5]、野川から抵抗された[5]。『仁義なき戦い 完結篇』でのヒロインはこの流れによるもの。
野川の妹を演じるのが東映お色気路線のエース・橘ますみ[1][6][7]。野川と梅宮の取り合い、ホステスから場末のヌード・スタジオのモデルへ転落していく役[1][3]。
同時上映
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d “外人グラマーも顔負け 橘ますみ 東映『おんな』 ヌードをたっぷり披露”. 内外タイムス (内外タイムス社): p. 5. (1969年10月8日)
- ^ a b c d “"女の性"にも対抗馬 野川由美子セットイン "主役は光栄"と恐縮 肝心のラブシーンお預け”. 報知新聞 (報知新聞社): p. 12. (1969年10月15日)
- ^ a b “" 日本製外人女性"の実力? 東映『おんな』 ヌードで頑張る橘”. 東京タイムズ (東京タイムズ社): p. 10. (1969年10月19日)
- ^ a b c d e 「日本映画POST 野川由美子の"おんな賭博師" ―東映で異例の新シリーズー」『週刊明星』1970年1月25日号、集英社、152頁。
- ^ a b “ごしっぷごしっぷ座談会 『脱ぐか脱がないか "女胴師"の野川由美子』”. 東京タイムズ (東京タイムズ社): p. 7. (1969年12月9日)
- ^ 「《この女性(ひと)の生き方》 いまや世をあげてのポルノ・ブーム。だが、その陰で、ひっそりと姿を消していった"ハダカ"女優がいた。 『70万円の人気スターの座を捨て月給4万円のOLに… 東映お色気女優のエース なぜ橘ますみ(25歳)は突然女優を廃業したのか』」『週刊平凡』1971年10月4日号、平凡出版、144–145頁。
- ^ 「東映異常性愛路線のミューズ橘ますみ伝説」