アントワーヌ・ヴィールツ
アントワーヌ・ヴィールツ Antoine Wiertz | |
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『自画像』 | |
生誕 | 1806年2月22日 ベルギー ディナン[1] |
死没 | 1865年6月18日(59歳没) ベルギー ブリュッセル |
国籍 | ベルギー |
著名な実績 | 画家 |
代表作 | 麗しのロジーヌ、小説を読む女 |
運動・動向 | 象徴主義 |
アントワーヌ・ヴィールツ(Antoine Wiertz, 1806年2月22日 - 1865年6月18日)は、19世紀ベルギーの画家、彫刻家。ベルギー象徴派の先駆的な人物。アントワーヌ・ウィールツとも。
神話などに題材を取ったルーベンス風の大画面の作品を制作する一方、死や狂気を描いた超現実的・幻想的な作品を遺した。代表作に「麗しのロジーヌ」(La Belle Rosine) など。
略歴
[編集]ディナンに生まれた。1820年にアントウェルペン王立芸術学院に入学した。オランダ王ウィレム1世から奨学金を得ることができた。1829年から1832年の間、パリに留学し、ルーブル美術館の巨匠の作品を学んだ。
1828年にフランス政府が有望な学生に贈るローマ賞で、2位となり、1832年にもローマ賞に応募し、1834年から1837年の間、在ローマ・フランス・アカデミーに留学することができた。ローマ滞在中に歴史画の大作、『パトロクロスの遺体を争うギリシャ軍とトロイア軍』を製作した。この作品は1837年にアントウェルペンで展示され高い評価を得た。ベルギー帰国後はリエージュで活動した。
ブリュッセルにベルギー政府から建ててもらった旧アトリエを利用した国立ヴィールツ美術館がある。
代表作
[編集]- 『パトロクロスの遺体を争うギリシャ軍とトロイア軍』
- 早すぎた埋葬(1854年)
- 飢え、狂気、犯罪(1853年)
- 小説を読む女(1853年)
- 麗しのロジーヌ(1847年、ヴィールツ美術館収蔵)
- 『若い魔女』
- Half-nude in the window
- Coquette Dress
脚注
[編集]- ^ 鈴木智之「幻のワロニー : 文学雑誌『ワロニー』における地域主義的企図の生成と展開(9)」『社会志林』第60巻第2号、法政大学社会学部学会、2013年9月、21-43頁、doi:10.15002/00021159、ISSN 1344-5952、NAID 120005324177、2021年11月24日閲覧。