ダイヤ精機
種類 | 株式会社 |
---|---|
本社所在地 | 日本 〒146-0083 東京都大田区千鳥2-40-15 |
設立 | 1969年(昭和44年)8月(創業は1964年(昭和39年)8月) |
業種 | その他製品 |
法人番号 | 5010801006818 |
事業内容 | 冷温熱鍛造用型・プレス型・治工具・ゲージ・精密部品・専用機・設計製作販売 |
代表者 | 代表取締役 諏訪貴子 |
資本金 | 1億8,700万円 |
関係する人物 | 諏訪保雄(創業者) |
外部リンク | http://www.daiyaseiki.co.jp/ |
ダイヤ精機株式会社(ダイヤせいき)は、自動車メーカー及び各種部品メーカー向けの金型・ゲージ・治工具の設計・製作・製造を行う一貫加工メーカーである。東京都大田区に本社を置く。
沿革
[編集]サラリーマンだった諏訪保雄は、白血病を患った息子の治療費を捻出するため、ゲージ工場を営む叔父から機械2台、職人3人を譲り受けてダイヤ精機を創業する。高度経済成長のまっただ中で、技術力による高い評価と信頼を獲得し、会社は右肩上がりの成長を遂げる[1]。
2004年に諏訪保雄が死去すると、諏訪の次女・貴子が2代目社長に就任[2]。この頃になるとバブル崩壊後の景気低迷により売上高はピーク時の半分以下に落ち込んでいたが、貴子は社内改革を断行、3年の改革でV字回復を果たし、中小企業における事業承継のモデルケースとして注目された[3]。
- 1964年(昭和39年)8月 - 大田区矢口にダイヤ精機製作所設立。ゲージ各種精密部品、冷鍛型ピストン型製造販売開始。
- 1969年(昭和44年)8月 - ダイヤ精機株式会社に組織変更。
- 1975年(昭和50年)5月 - 現本社工場開設。
- 1981年(昭和56年)5月 - ダイヤエンジニアリング株式会社設立。
- 1986年(昭和61年)6月 - 矢口工場開設。
- 2004年(平成16年) - 諏訪貴子が代表取締役に就任。
- 2008年(平成20年) - 経済産業省 「IT経営実践企業」に認定。
- 2010年(平成22年) - 大田区「優工場」認定 「人に優しい部門」部門賞受賞。
- 2012年(平成24年) - 東京商工会議所「勇気ある経営大賞」優秀賞受賞[4]。
- 2020年(令和2年) - 全国中小企業クラウド実践大賞日本商工会議所会頭賞受賞[5][6]。
製品・サービス
[編集]自動車メーカー向けのゲージ・冶工具・金型部品などの制作から出発し、リーマンショック後は自動車メーカーのみならず、医療等他分野への進出も果たしている[8]。
ものつくりの街・大田区を代表する企業としてミクロン単位の「超精密加工を得意とする多能工集団」[9]を標榜する。もっとも社長の諏訪貴子は、自社の強みを「対応力」と称し、多品種少量生産を徹底管理し、納期の順守や急な注文・設計依頼にも対応している[10][11]。
主要納入先
[編集]当初より日産自動車との縁が深く、2012年には日産横浜工場内に金型製作の作業所を設けている[12]。
その他多数[7]
脚注
[編集]- ^ 『町工場の娘』p.21~22
- ^ 『町工場の娘』p.71
- ^ 【賢者の視座】ダイヤ精機株式会社 諏訪 貴子ビズサプリ
- ^ 受賞企業紹介東京商工会議所
- ^ 全国中小企業クラウド実践大賞、株式会社atsumelが総務大臣賞を受賞PR TIMES
- ^ 自社の経常利益は前年比8倍に。中小製造業のデジタルシフトを支援する、町工場の二代目社長の挑戦。Digital Shift Times
- ^ a b 会社情報ダイヤ精機
- ^ 『町工場の娘』p.191
- ^ 『町工場の娘』p.108
- ^ ダイヤ精機 株式会社東京都産業労働局
- ^ 『町工場の娘』p.116~117
- ^ 『町工場の娘』p.170
外部リンク
[編集]参考文献
[編集]- 諏訪貴子著「町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争」(2014年11月18日、日経BP社、ISBN 978-4-8222-5056-0)
- 諏訪貴子著「ザ・町工場 「女将」がつくる最強の職人集団」 (2016年3月18日、日経BP社、ISBN 978-4-8222-5144-4)