テクニカル
テクニカル(Technical)は、民生用ピックアップトラックなどの車体ないし荷台に銃砲を据え付け、車上戦闘を可能にした即製戦闘車両のことを指す。一般に装甲を施さない。
この種の武装車両を「テクニカル」と呼ぶ語源は、ソマリアを発祥とする。民間の警護要員を連れていくことを拒否された非政府組織が、人員保護のため「技術支援助成金(technical assistance grants)」を使ってその地域の民兵をガードマンとして雇った。転じて、それが武装した人々を乗せる車両の呼び名となった[1]。テクニカル、またはバトルワゴン(battlewagons)[2]、ガンワゴン(gunwagons)[3]、ガンシップ(gunships)[4]などの名称で知られる。
概要
[編集]民間の軽車両(特にピックアップトラック)の荷台に、重機関銃や無反動砲などの重火器を搭載した火力支援車両。ガントラックなどと同様、急造兵器の類であり、途上国の軍隊や武装集団が運用している。正規の軍用車両に比べて運用制限が大きく、正規戦(機甲戦)では劣る。しかし、貧困な紛争地域では強力な火力支援車両であり、また自動車の性能向上で信頼性やペイロードが向上しており、極めて安価に製造できることから、多用される。紛争では趨勢を決める存在になることすらある。
一般にテクニカルの車体に装甲戦闘車両のような装甲は無く攻撃に対して脆弱である。また荷台の銃座に座る銃手は生身で身をさらして射撃する必要があるため、攻撃にたいして防護されているとは言えない。そのため銃座に鋼鉄製の防楯が付けられることもあるが、重量増加が機動性を損なうわりに限定的な防御力しか期待できないため一般的とは言えない。 テクニカルにはこのような脆弱さがあるため、攻撃目標となる敵の軽歩兵の持つ(携帯)火器よりも有効射程で優越する重火器を搭載することで、遠距離から一方的に攻撃する運用法が好まれる。ある種自走砲に近い火力支援車両として運用されることが多いと言える。とはいえ紛争地帯では火力支援車両が貴重であるため市街戦や陣地攻撃に駆り出されることも多く、近接戦闘に巻き込まれて撃破されるテクニカルは珍しくない。
民生車両は安価な上に燃費も良く、特別な訓練をしなくても普通免許を取得する程度の技能があれば運転できる。バッテリーは対空銃座を動かす程度の出力を十分に確保できる。車両に搭載された武器は、小口径のものであれば十分に反動が抑制され、射撃精度が高まる。このように、被弾を前提としなければ、テクニカルの性能自体は優れている。
先進国でも、治安維持や哨戒を任務とする部隊でテクニカルを使用する事があるが、そのような任務には生存性が高いMRAPのような装甲車が用意されるため、補助的な使用にとどまっている。
小型のものは、信頼性の高い日本製ないし日本メーカー製ピックアップトラックが人気があり、大型のものはアメリカ製フルサイズライトトラックがよく使われる。紛争地帯では一般に整備体制が貧弱なため、信頼性や部品の入手性が重視される傾向がある。一般に民生品として販売されているものの、中古車などを入手して現地改造の上、使用されるが、中国の自動車メーカーの中には初めからテクニカル用途向けに製造・販売を行うメーカーがあり、一定のシェアを確保しつつある。
構造
[編集]ピックアップトラックのような小型自動車の荷台に銃架を固定して、機関銃やロケット砲、迫撃砲、無反動砲、対空機関砲などを載せている。
多くはブローニングM2重機関銃や、ZU-23-2などを搭載して歩兵支援用途に改造される。射撃をしないときは、荷台に兵員を載せて移動することがあり、簡素なIFVとしても運用される。
ハンヴィーやVBL装甲車、軽装甲機動車のような軍用の装輪装甲車とは異なり、民間車を流用しているため、現地改造をしない限り防護機能は備わっていない。荷台で火器を操作する民兵・非正規兵の体は露出している事が多く、それは操縦士もほぼ同様であり、走行系であるエンジンや燃料タンク、タイヤなども被弾や爆発に耐える装甲化が施されていない。また、非装甲車両に武装を装備した車両であっても、それがジープやUAZ-469などのように元々軍用として設計された車両の場合はテクニカルとは呼ばれない。
近年では小銃弾を防護できるようにありあわせの鉄板を溶接して搭載した車両が多数目撃されている。当然ながら民生車両の積載量は限られているため、正面のみ、あるいはタイヤのみといった簡素なもので、本格的な防護というよりは乗員の士気向上を目的としていると思われる。
使用例
[編集]機関銃を搭載した車両は、東ヨーロッパで初めて使用された。第二次世界大戦では、イギリスの部隊「Long Range Desert Group」が、エジプトの砂漠とチャドでの戦闘の際に使用した。
- 西サハラ
- チャド内戦(トヨタ戦争)
- ソマリア
- アフガニスタン
- アフガニスタン紛争の際、ターリバーンとアメリカ陸軍特殊作戦コマンドが使用。
- イラク
- スーダン
- チャド
- レバノン
- 1970年代に発生したレバノン内戦時代から現代に至るまで、様々な勢力が使用。
- リビア
- ウクライナ
- 2022年ロシアのウクライナ侵攻では、ロシア軍がドローンを投入してインフラ攻撃を盛んに行った。これらのドローンは比較的低速であったことから、ウクライナ軍はバンの後部を改造して重機関銃を搭載した対空型のテクニカルを投入した[5]。
- ロケット砲装備のテクニカル
- テクニカルに搭乗する民兵(リビア内戦)
- ZPU-2を搭載したテクニカル
- ピックアップトラックに機銃を搭載した車両
- ZU-23-2を搭載したテクニカル
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “Guerrilla Trucks: Why rebels and insurgent groups the world over love the Toyota Hilux pickup as much as their AK-47s”. Newsweek. (2010年10月14日) 2010年10月25日閲覧。
- ^ Somali Warlords Moving Gunwagons from Mogadishu Archived 2007年9月29日, at the Wayback Machine. Somalia News Update
- ^ Somalia transitional government soldiers keep watch from a battlewagon over the parliament at Baidoa in November 2006. AFP Photo
- ^ Making a killing The Times
- ^ “急増するドローン攻撃に対抗 ウクライナの「独自兵器」とは 「8割撃墜」”. 産経新聞 (2022年11月12日). 2022年12月24日閲覧。
参考文献
[編集]- 1975-2005 30 Years of military vehicles in Lebanon, by Samar Kassis, 2006, ISBN 9953-0-0705-5,
- Military vehicles in Lebanon 1975-1981, by Samar Kassis, TREBIA Publishing, ISBN 978-9953-0-2372-4,
関連項目
[編集]- 武器輸出三原則
- 不正規戦争
- 非対称戦争
- ゲリラ
- 内戦
- 軍用車両
- ガントラック - 軍の輸送用トラックに装甲と軽武装を施した車両。正規軍の補給部隊が自前の輸送用トラックを現地改修して製造する。
- タチャンカ - 馬車に機関銃を装備した即製戦闘車両。主にロシア内戦で運用された。
- サンドイッチ装甲車 - 軍用の輸送トラックに中空装甲板を装着し機関銃などを搭載した即製装甲戦闘車両で、イスラエル国防軍が第一次中東戦争で使用した。
- ベスパ 150 TAP - フランスの空挺部隊で使用された、スクーター(ベスパ)にM20 75mm無反動砲を搭載した即製戦闘車両。
- CUCV - アメリカ軍が、民生品のピックアップトラックを軍用車両として制式採用している車種の総称。
- ナルコタンク - メキシコの麻薬カルテルが既存のSUVやトラック、ピックアップに装甲や武装を追加して改造した即製戦闘車両。
- ボグハマール - プレジャーボートに重火器を装備した「海のテクニカル」。イラン・イラク戦争でイラン革命防衛隊がスウェーデンのボグハマール・マリンから入手したボートを武装小艇に転用して通商破壊をした事(いわゆる「タンカー戦争」)からの俗称。以降、海賊やテロ組織が使用する武装小艇もこのように呼ばれるようになった。能力は低いものの、非武装の商船にとっては十分に脅威であり(とくに多数の艇団によって標的を攻撃・包囲する「群れ」戦術など)、大型の軍艦では機銃装備による近接防衛の必要性を再認識させることとなった。
外部リンク
[編集]- Somali Technicals and AFV Photos - ウェイバックマシン(2009年6月21日アーカイブ分)