ドミティウス・ウルピアーヌス
グナエウス・ドミティウス・ウルピアヌス(ラテン語: Gnaeus Domitius Ulpianus、170年頃? - 228年)は、ローマ帝国の法学者・政治家。
人物
[編集]フェニキアのチルス出身。アエミリウス・パーピニアーヌスの弟子となる。ユーリウス・パウルスとは兄弟弟子。
その学説は独創性は少ないが、先人の業績を整理して発展させることに優れていたとされる。その著作は37が伝えられているが、代表的な著作には『告示注解』(Ad edictum)83巻や『市民法注解』(Ad musurium Sabinum)51巻などがあるほか、多くの論文を残している。『法学提要』において初めて公法と私法を区別したとされる。また、「主権」の概念の原型は、ウルピアヌスの「元首は法に拘束されず」(princeps legibus solutus est)、「元首の意思は法律としての効力を有する」(Quod principi placuit、legis habet vigorem)との法解釈に遡ることができるとされている。
ローマ皇帝アレクサンデル・セウェルスに召されてプラエフェクトゥス・プラエトリオ(近衛長官)となるが、反対派の策動によるプラエトリアニ(近衛軍団)の反乱で殺害されたという。
のちにユスティニアヌス1世が『ローマ法大全』を編纂した際に、「学説彙纂」に採録された学説の3分の1がウルピアヌスの学説であり、426年の引用法によって特別な権威とされた5名の法学者(ウルピアヌス以外はガーイウス、パーピニアーヌス、パウルス、モデスティーヌス)の1人とされている。
後世において彼に仮託して書かれた著作も多い。
参考文献
[編集]- 柴田光蔵「ウルピアーヌス」(『社会科学大事典 2』(鹿島研究所出版会、1968年) ISBN 978-4-306-09153-5)
- ピーター・スタイン著・屋敷二郎監訳『ローマ法とヨーロッパ』(ミネルヴァ書房)