ヘマグルチニン

ヘマグルチニン
タンパク質構造のイメージ

ヘマグルチニン(hemagglutinin、haemagglutinin、HA)とは、インフルエンザウイルス、およびその他多くの細菌ウイルスの表面上に存在する抗原糖タンパク質である。ヘムアグルチニンとも表記される。

ウイルスはこのヘマグルチニンの働きによって細胞感染する。

ヘマグルチニンという単語は、in vitroにおいて赤血球(hem)を固まらせて凝集英語版体(agglutinate)を作ることから名付けられた[1]

サブタイプ

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ヘマグルチニン(以下HA)は少なくとも16種類が存在する。これらのサブタイプはH1からH16の種類に分けられる。インフルエンザウイルスの亜型名(例:H5N1など)のHはこのHAの種類を表している(Nノイラミニダーゼの種類を表す)。最後に発見されたH16は、最近スウェーデンノルウェーからのユリカモメから分離された例のみである[2]。また、グアテマラにおいてコウモリから発見されたヘマグルチニンは今まで知られているものいずれとも構造が異なるため、これをH17とすることが提案されている[3]H1H2H3の3種類はヒトインフルエンザウイルスに存在する。

H5N1鳥インフルエンザ:avian flu)は極まれにヒトにも感染する可能性がある。ヒトの患者から発見された鳥インフルエンザウイルスのH5はアミノ酸配列が1つ変異していた。そのため、H5N1ウイルスのレセプター特性が変化してヒトにも感染するようになったということが発表された[4][5]。この発見は通常ヒトには感染しないH5N1ウイルスがどのようにしてヒトの細胞に感染するのかを的確に説明できる。

また、このH5N1ウイルスのHA抗原の変異が高い病原性の原因にもなっていることがわかった。これはプロテアーゼによる活性型への転換が容易になったためである。

機能とメカニズム

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機能

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インフルエンザウイルス表面のHAが標的細胞膜のシアル酸に結合し、細胞内に取り込まれる。

HAには重要な機能が2つある。

  • 目標の動物細胞表面にあるシアル酸を認識して結合することにより細胞に感染する。
  • 宿主細胞のエンドソーム膜とウイルス膜を融合させることにより、ウイルスのゲノムを細胞内に挿入する。

メカニズム

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HAは標的細胞表面のシアル酸に結合する。そのため、ウイルスが細胞表面から離れなくなる。ウイルスはそのまま細胞膜に包み込まれ、ウイルスを入れたままエンドソームの形で細胞内に取り込まれる。

次に細胞はエンドソーム内部を酸化させ、ウイルスをリソソームに送り込んで消化しようとする。しかし、エンドソームのpHが6.0まで低下するとHAの構造は不安定になり、折りたたまれたペプチド構造が部分的に展開する。するとタンパク質で隠されていた強疎水性の部位が開放される。

この融合ペプチド(fusion peptide)を、あたかも鉤のようにエンドソーム膜に挿入して固定する。さらに、HA分子の残りの部分は新しい構造(より低いpHでも安定な構造)に折りたたみ直され、融合ペプチドを引き寄せる。するとウイルス自身もエンドソーム膜に引き寄せられ、膜と融合する。

その後、ウイルスのRNAは細胞質に挿入されて増殖を開始する。(PDB今月の分子:赤血球凝集素(2006年4月)も参照)

構造

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(a)3つのモノマーが赤、青、緑によって示されている。(b)1つのモノマーはHA1(青)とHA2(緑)で出来ている。(c)赤は結合ペプチド、黄色はSS結合を表す。

HAはホモ3量体の重要な膜糖タンパク質である。シリンダーのような形をしており、長さはおよそ135 Åである。

HAを構成する同一の3つのモノマーは中心部にαヘリックスを持っており、この頭部にシアル酸結合部位がある。HAのモノマーはまず前駆体が合成される。この前駆体は後にグリコシル化されて分裂され、HA1とHA2の2つのサブユニットになる。

それぞれのHAモノマーは、膜にくっ付いた長いヘリックス鎖で構成されている。

出典

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  1. ^ Nelson DL and Cox MM, 2005. Lehninger's Principles of Biochemistry, 4th edition, WH Freeman, New York, NY.
  2. ^ Fouchier RAM, Munster V, Wallensten A, et al, 2005. Characterization of a novel influenza A virus hemagglutinin subtype (H16) obtained from black-headed gulls. J Virol vol 79, issue 5, pp2814-22
  3. ^ Suxiang T. et al. 2012. A distinct lineage of influenza A virus from bats. Proc Natl Acad Sci USA 109 : 4269–4274
  4. ^ Suzuki, Y, 2005. Sialobiology of Influenza: Molecular Mechanism of Host Range Variation of Influenza Viruses in Biological and Pharmaceutical Bulletin, (2005) vol 28, No.3, pp399-408
  5. ^ Gambaryan A, Tuzikov A, Pazynina G, Bovin N, Balish A, Klimov A, 2006. Evolution of the receptor binding phenotype of influenza A (H5) viruses in Virology vol 344, issue 2, pp432-8

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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