マニー・アクタ
シアトル・マリナーズ コーチ #14 | |
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シアトル・マリナーズでのコーチ時代 (2017年6月27日) | |
基本情報 | |
国籍 | ドミニカ共和国 |
出身地 | サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス |
生年月日 | 1969年1月11日(55歳) |
身長 体重 | 6' 2" =約188 cm 172 lb =約78 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 1986年 アマチュアFA |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
MLB出場なし | |
監督・コーチ歴 | |
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この表について |
マニュエル・エリアス・アクタ・ペーニャ(Manuel Elias Acta Peña , 1969年1月11日 - )は、ドミニカ共和国サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。現在は、MLB・シアトル・マリナーズの三塁コーチを務めている。
経歴
[編集]現役時代
[編集]1986年にヒューストン・アストロズに入団。
1987年にデビューし、マイナーで5シーズン在籍した。AA級でプレーしたのが最高で、1991年にはA級バーリントン・アストロズの選手兼任コーチとなり、同年限りで現役を引退した。
現役引退後
[編集]1993年にアストロズ傘下のA-級オーバーン・アストロズの監督となり、2000年までアストロズ傘下のマイナーチームで監督を務めた[1]。2001年はAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズでコーチを務めた[2]。
2002年にモントリオール・エクスポズの三塁コーチに就任し、2004年まで務めた。
エクスポズのコーチを退任後、ロサンゼルス・ドジャースとアリゾナ・ダイヤモンドバックスの監督候補として面談を受けたが、最終的な選考からは漏れた。
2005年にはニューヨーク・メッツの三塁コーチに就任した[3]。
2006年開幕前に第1回WBCのドミニカ共和国代表監督を務めた。準決勝まで進出したがキューバ代表に敗れて決勝進出を逃した。
MLB監督時代
[編集]2006年11月14日にワシントン・ナショナルズの新監督に就任した[2]。
2007年こそ「30球団ワースト」と言われた戦力で73勝と健闘し、最優秀監督賞の投票でも4ポイントを得た[4]。しかし、2008年は両リーグワーストの59勝102敗に終わり、2009年も開幕から最下位に沈み、7月12日に前半戦終了と同時にナショナルズの監督を解任された[5]。
2009年10月25日に3年契約と4年目のオプションでクリーブランド・インディアンスの監督に就任した。アストロズからも2年契約+オプションで監督のオファーを受けていたが、契約年数の長いインディアンスを選択した[6][7]。
インディアンス初年度の2010年はカンザスシティ・ロイヤルズと並んで地区最下位タイと振るわなかったが、2011年は序盤から首位に立つ予想外の健闘を見せ、後半戦に失速したものの地区2位に食い込んだ。9月29日には2013年のオプションが行使された[8]。
ところが、2012年は再び大きく負け越してしまい、9月27日にインディアンスの監督を解任された[9]。
2016年シーズンからシアトル・マリナーズの三塁コーチに就任する[10]。2018年シーズンからはベンチコーチに転任となる[11]。2020年シーズンからは三塁コーチに復帰する[12]。
1999年のオフから2005年にかけてはベネズエラとドミニカ共和国のウィンターリーグでも監督を務めており、2004年のカリビアンシリーズではドミニカ共和国のティグレス・デル・リセイを率いて優勝している[13]。
詳細情報
[編集]年度別監督成績
[編集]年度 | 球団 | 地区 | 年齢 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 勝率 | 順位/チーム数 | 備考 | ポストシーズン 勝敗 |
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2007 | WSH | NL 東 | 38歳 | 162 | 73 | 89 | .451 | 4 / 5 | ||
2008 | 39歳 | 161 | 59 | 102 | .366 | 5 / 5 | ||||
2009 | 40歳 | 87 | 26 | 61 | .299 | 5 / 5 | 開幕~7月12日 | |||
2010 | CLE | AL 中 | 41歳 | 162 | 69 | 93 | .426 | 4 / 5 | ||
2011 | 42歳 | 162 | 80 | 82 | .494 | 2 / 5 | ||||
2012 | 43歳 | 156 | 65 | 91 | .417 | 4 / 5 | 開幕~9月27日 | |||
MLB | 6年 | 890 | 372 | 518 | .418 |
脚注
[編集]- ^ “Jim Riggleman Minor League Statistics & History” (英語). Baseball-Reference.com. Sports Reference LLC. 2015年11月27日閲覧。
- ^ a b Bill Ladson (2006年11月14日). “Nationals turn to Acta, naturally” (英語). MLB.com 2015年11月27日閲覧。
- ^ “MWL Manager Manny Acta” (英語). MWLguide.com. Joel Dinda. 2015年11月27日閲覧。
- ^ “Wedge, Melvin named AL, NL managers of year”. AP通信. ESPN. (2007年11月15日) 2015年11月27日閲覧。
- ^ “Manny Acta replaced by Jim Riggleman as Washington Nationals manager”. ESPN. (2009年7月14日) 2015年11月27日閲覧。
- ^ Anthony Castrovince (2009年10月25日). “Tribe tabs Acta to be new manager” (英語). MLB.com 2015年11月27日閲覧。
- ^ Brian McTaggart (2009年10月25日). “Astros' search goes on without Acta” (英語). MLB.com 2015年11月27日閲覧。
- ^ “Cleveland Indians pick up manager Manny Acta's option for 2013” (英語). AP通信. ESPN. (2011年9月30日) 2015年11月27日閲覧。
- ^ Jordan Bastian (2012年9月27日). “Indians dismiss manager Manny Acta, name Sandy Alomar Jr. interim manager” (英語). MLB.com 2015年11月27日閲覧。
- ^ Ryan Divish (2015年11月9日). “Mariners notes: Reports of Manny Acta being hired as third base coach; several minor leaguers opt for free agency” (英語). The Seattle Times 2015年11月27日閲覧。
- ^ Greg Johns (2017年11月14日). “Mariners hire Brower as assistant coach” (英語). MLB.com. 2017年12月13日閲覧。
- ^ Greg Johns (2019年11月7日). “Mariners unveil 2020 coaching staff” (英語). MLB.com. 2019年11月25日閲覧。
- ^ Jesse Sanchez (2008年2月7日). “Licey wins 10th Caribbean Series title” (英語). MLB.com 2015年11月.27日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 選手の通算成績と情報 The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- 監督の通算成績と情報 Baseball-reference.com
- Manny Acta (@MannyActa1) - X(旧Twitter)