モションマジャローヴァール
モションマジャローヴァール Mosonmagyaróvár | |||||
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位置 | |||||
座標 : 北緯47度52分 東経17度16分 / 北緯47.867度 東経17.267度 | |||||
行政 | |||||
国 | ハンガリー | ||||
県 | ジェール・モション・ショプロン県 | ||||
郡 | モションマジャローヴァール郡 | ||||
モションマジャローヴァール | |||||
市長 | ナジ・イシュトヴァーン | ||||
地理 | |||||
面積 | |||||
域 | 85.35 km2 | ||||
人口 | |||||
人口 | (2010年現在) | ||||
域 | 32,605人 | ||||
人口密度 | 372.57人/km2 | ||||
その他 | |||||
等時帯 | CET (UTC+1) | ||||
夏時間 | CEST (UTC+2) | ||||
公式ウェブサイト : http://www.mosonmagyarovar.hu/ |
モションマジャローヴァール (ハンガリー語:Mosonmagyaróvár、ドイツ語:Wieselburg-Ungarisch Altenburgヴィーゼルブルク=ウンガリッシュ・アルテンブルク)は、ハンガリー北西部ジェール・モション・ショプロン県の都市。
地理
[編集]対オーストリア国境に位置するモションマジャローヴァールは、M1高速道、オーストリア東部鉄道に近い。ドナウ川の支流ライタ川が流れる。
歴史
[編集]モションマジャローヴァールは、1939年にモション(ヴィーゼルブルク)とマジャローヴァール(ウンガリッシュ・アルテンブルク)が合併して誕生した。
ハンガリー王国時代、最初はモションが、のちにウンガリッシュ・アルテンブルクがヴィーゼルブルク伯領の中心だった。ローマ時代のマジャローヴァールは、Ad Flexumという名の砦があった。アルテンブルクの町は、ドイツにあるアルテンブルクと区別するため、『ハンガリーの』を意味するウンガリッシュが地名に加えられた。
ウンガリッシュ・アルテンブルクは、1809年8月のズノイモ停戦後に第5次対仏大同盟の和平交渉が行われた場所である。
経済
[編集]オーストリア国内で健康保険によって歯科を受診するよりも、さらに安く良い治療が受けられるためモションマジャローヴァールには歯科が多く、重要な産業となっている。
教育
[編集]西ハンガリー大学農学・食物科学学部がある。1818年にテシェン公アルベルトが設立した農学の高等教育機関が、現在の学部に発展した。
出身者
[編集]- フレッシュ・カーロイ - ヴァイオリニスト
- リヒャルト・ヘーニヒスヴァルト - 哲学者