リュカーオーン
リュカーオーン(古希: Λυκάων, Lykāōn)は、ギリシア神話の人物である。長母音を省略してリュカオンとも表記される。同名の人物が複数知られ、
の他に数名が知られている。
アルカディアの王
[編集]このリュカーオーンは、ペラスゴスとオーケアノスの娘メリボイア、ニュンペーのキュレーネー[1]、あるいはデーイアネイラの子で[2]、多くの女性との間にカリストーと50人の子をもうけた。
パウサニアースによると、リュカーオーンはアテナイ王ケクロプスと同時代の人間で[3]、アルカディアー地方に地上で最初の都市[4]リュコスーラを建設し、リュカイオン山でゼウス・リュカイオスの祭祀を行い、リュカイア競技祭を創設した[5]。別の伝承ではキュレーネーのヘルメース神のために、アルカディアー地方で最初の神殿を建設した[6]。
変身譚
[編集]いくつかの神話では、リュカーオーンは狼に変身したと伝えられている。パウサニアースはリュカーオーンが人間の赤子を殺してゼウス・リュカイオスを供犠すると、たちどころに狼に変身したと伝えている[7]。さらにリュカーオーン以降も、ゼウス・リュカイオスを供犠した者は狼に変身し、狼に変身してから10年の間、人を襲わずにいた者は再び人間に戻ることができるが、人肉を食らった者は二度と人間に戻ることができないと伝えている[8][注釈 1]。
オウィディウスによるとリュカーオーンは邪悪な人物で、ゼウスがリュカーオーンのもとを訪れた際に、本当に神であるか試そうとし、眠っているときに殺そうとした。あるいはモロッシアから送られてきた人質の男を殺して料理として出した。怒ったゼウスはすぐさまリュカーオーンの一族を雷で滅ぼし、逃げたリュカーオーンを狼に変えた[10]。
リュカーオーンの子供たち
[編集]別の話ではリュカーオーンの子供たちは傲慢だったので、ゼウスは人間に化けて彼らを試すために訪問した。彼らはゼウスを招きいれたが、子供の1人マイナロスが人肉でもてなすことを提案したので、アルカディアー地方出身の少年を殺し、料理に混ぜてもてなした。ゼウスは怒って料理が置かれたトラペザ(机)を倒し、リュカーオーンと子供たちを雷で滅ぼした。しかしガイアがゼウスを止めたため、末子のニュクティーモスのみ助けられた。ニュクティーモスはアルカディアーの王位を継いだが、リュカーオーンの子供たちが原因でデウカリオーンの大洪水が起こった[11][12]。
パウサニアースによるとリュカーオーンの子供たちはアルカディア地方の多くの町を建設し、オイノートロスはイタリアに移住した[13]。しかしイタリアに移住したのはイアーピュクス、ダウニオス、ペラケティオスともいう[14]。
リュカーオーンのたった一人の娘カリストーは父親や兄弟たちとは似ても似つかぬ清純で美しい乙女だったが、彼女もまた動物に変えられる運命にあった。カリストーの項目を参照。
系譜
[編集]ペラスゴス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
リュカーオーン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
カリストー | ゼウス | マイナロス | ニュクティーモス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アルカス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エラトス | アザーン | アペイダース | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アイピュトス | ステュムパーロス | ペレウス | イスキュス | コローニス | ステネボイア | プロイトス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アガメーデース | ゴルテュス | ネアイラ | アレオス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ケルキュオーン | ヘーラクレース | アウゲー | ケーペウス | リュクールゴス | ミニュアース | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ヒッポトオス | テーレポス | アエロポス | アンカイオス | エポコス | アムピダマース | イーアソス | クリュメネー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アイピュトス | エウリュピュロス | エケモス | アガペーノール | エウリュステウス | アンティマケー | メラニオーン | アタランテー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
キュプセロス | ラーオドコス | パルテノパイオス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
クレスポンテース | メロペー | ポリュポンテース | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ギャラリー
[編集]- バーナード・ピカート画(18世紀)
- ヴェルギリウス・ソリス画(16世紀)
- ヘンドリック・ホルツィウス画(16世紀)
- ブルックス・ネーサン画(1849年)
プリアモスの子
[編集]このリュカーオーンは、トロイアー王プリアモスとラーオトエーの子で、ポリュドーロスと兄弟。
トロイア戦争では、プリアモスの果樹園でアキレウスの夜襲に遭い、捕虜となった。リュカーオーンはパトロクロスによってレームノス島の王エウネーオスに売られ、アキレウスは百頭の牛と同じ価値がある銀の混酒器を得た。リュカーオーンは両親と親しいイムブロス島の王エーエティオーンがその3倍の身代を払ってくれたので自由となり、トロイアーに戻って11日の間は平穏に暮らした。しかし12日目、パトロクロスの死によってアキレウスが戦場に復帰したとき、多くのトロイアー兵とともにスカマンドロス河に追い落とされた。アキレウスは敵の中にリュカーオーンがいるのを見つけ、それに気づいたリュカーオーンはアキレウスに命乞いをしたが殺された[15]。
その他のリュカーオーン
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]脚注
[編集]- ^ アポロドーロス、3巻8・1。
- ^ ハリカルナッソスのディオニュシオス。
- ^ パウサニアース、8巻2・2。
- ^ パウサニアース、8巻38・1。
- ^ パウサニアース、8巻2・1。
- ^ ヒュギーヌス、225話。
- ^ パウサニアース、8巻2・3。
- ^ パウサニアース、8巻2・6。
- ^ プルタルコス「ロームルス伝」21。
- ^ オウィディウス『変身物語』1巻。
- ^ アポロドーロス、3巻8・1-8・2。
- ^ ヒュギーヌス、176話。
- ^ パウサニアース、8巻3・1-3・5。
- ^ アントーニーヌス・リーベラーリス、31話。
- ^ 『イーリアス』21巻34行-134行。
- ^ 『イーリアス』2巻824行-827行。
- ^ 『イーリアス』5巻179行。
- ^ アポロドーロス、摘要(E)3・35。
- ^ ウェルギリウス『アエネーイス』5巻495行‐496行。
参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- アントーニーヌス・リーベラーリス『ギリシア変身物語集』安村典子訳、講談社文芸文庫(2006年)
- ウェルギリウス『アエネーイス』岡道男・高橋宏幸訳、京都大学学術出版会(2001年)
- オウィディウス『変身物語(上)』中村善也訳、岩波文庫(1981年)
- パウサニアス『ギリシア記』飯尾都人訳、龍渓書舎(1991年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ホメロス『イリアス(上・下)』松平千秋訳、岩波文庫(1992年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)