リヨン国立高等美術学校
設立年 | 1756年 |
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所在地 | フランス リヨン |
公式サイト | http://www.ensba-lyon.fr |
リヨン国立高等美術学校(リヨンこくりつこうとうびじゅつがっこう、仏: École nationale supérieure des beaux-arts de Lyon、略称Ensba Lyon)とは、1756年に設立されたフランスの国立の美術学校。
沿革
[編集]1756年、ラクロワ=ラヴァル神父(abbé Lacroix-Laval)や美術愛好家によってリヨンに絵画学校が設立された[1]。1780年に勅許を受けて "École Royale académique de dessin et géométrie" としてパリ以外で最初の官立(王立)の美術学校となった[2]。フランス革命(リヨンでは反革命派のリヨンの反乱がおきた。)の後、1793年に閉校になった。1795年にリヨンの産業家の支援によって再開され、1807年1月25日、ワルシャワにいたナポレオン・ボナパルトの勅宣でテロー広場(すでにリヨン美術館が置かれていた、元のサン・ピエール修道院)に移転され[1]、"École impériale des Beaux-arts de Lyon"(リヨン帝国美術学校)に改名されて、彫刻家のジョゼフ・シナール(Joseph Chinard)や画家のピエール・レヴォワル(Pierre Revoil)、グロニャール(Alexis Grognard)、バラバン(Jacques Barraband)、建築家のPascal Gayyaや Antoine Leclercが教師となった。リヨン美術館長を務めていた考古学者のアルトー(François Artaud)が校長となった。1848年、フランス第二共和政が成立すると"École nationale supérieure des beaux-arts de Lyon"(リヨン国立高等美術学校)に改名された。1959年以降は文化相の管轄に置かれる[1]。運営はリヨン市に委託されている[1]。1936年、1948年と場所を移した後、2007年にリヨン1区に移された。
著名なスタッフ
[編集]学長と在任期間(一部)
[編集]- ピエール・レヴォワル(1823-1830)
- クロード・ボンヌフォン (1831-1860)
- テオドール・カリュエル・ダリニー (1860-?)
- フェリックス・オーギュスト・クレマン(1874-1877)
- ニコラ・シカール (1888-1918)
- ジャン=バティスト・ラリヴェ (1919-1927)
著名な卒業生
[編集]- クロード・ボンヌフォン - 「金の月桂樹」賞(1813)
- イポリット・フランドラン - 「金の月桂樹」賞(1828)
- ルイ・ジャンモ - 「金の月桂樹」賞(1832)
- クレール・ティスール (1827-1895)
- アルフォンス・ルグロ(1837-1911)
- ジャン・セーニュマルタン - 「金の月桂樹」賞(1865)
- エミール・ボーシエ (1874-1943)
出典
[編集]- Marie-Claude Chaudenneret, « L'enseignement artistique à Lyon au service de la Fabrique ? », dans Le temps de la peinture : Lyon 1800-1914, Lyon, Fage, 2007, 335 p. (ISBN 978-2-84975-101-5, notice BnF no FRBNF41073771), p. 28-35
脚注
[編集]外部リンク
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