伊達邦和
時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 文化12年(1815年) |
死没 | 天保14年閏9月19日(1843年11月10日) |
別名 | 通称:織部 |
墓所 | 宮城県柴田郡川崎町の龍雲寺 |
主君 | 伊達斉邦→慶邦 |
藩 | 陸奥仙台藩 |
氏族 | 岩出山伊達家→川崎伊達家 |
父母 | 父:伊達宗秩 養父:伊達宗和 |
兄弟 | 義監、邦和ら |
妻 | 伊達宗和娘 |
子 | 邦賢 |
伊達 邦和(だて くにより)は、江戸時代後期の陸奥国仙台藩一門第九席・川崎伊達家6代当主。
生涯
[編集]文化8年(1811年)、岩出山伊達家8代当主・伊達宗秩の三男として誕生。
叔父で川崎伊達家5代当主・伊達宗和の婿養子となり、家督と知行2000石を相続し、陸奥国柴田郡川崎邑主となる。藩主・伊達斉邦の偏諱を受け織部邦和と名乗った。
天保14年(1843年)閏9月19日死去。享年33。家督は嫡男・邦賢が相続した。
参考文献
[編集]- 『仙台人名大辞書』
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