堀新助
堀 新助(ほり しんすけ、1919年3月31日 - 2013年9月28日)は、日本の外交官。イタリア大使などを務め、また、プロ野球のパシフィック・リーグ(パシフィック野球連盟。以下、パ・リーグ)会長も務めた。長男は経営コンサルタントで(株)ドリームインキュベータ会長の堀紘一。
概要
[編集]大阪府で繊維業を営む堀伊助の長男として生まれ、1942年(昭和17年)、東京帝国大学経済学部を卒業して外務省入省[1]。1950年イェール大学留学[2]。
イギリス、ニュージーランド、フィリピン、米国での在外勤務、経済局東西通商課長、通商産業省参事官、イギリス大使館公使兼ロンドン総領事[3]。 1970年(昭和45年)バンクーバー総領事[4]、 文化事業部長などを務めるが、その間に岸信介内閣の総理秘書官として安倍晋太郎と机を並べる。1975年(昭和50年)駐シンガポール大使、1978年(昭和53年)駐ポーランド大使、1980年(昭和55年)北海道派遣大使、1982年(昭和57年)駐イタリア大使に就任して1985年(昭和60年)外務省を退官。
その後、顧問をした南海電気鉄道社長の川勝傳の推薦もあって1987年(昭和62年)から4年間パ・リーグ会長を務める。
1989年(平成1年)勲二等旭日重光章受章[5]。2013年9月28日、老衰のため死去[6]。94歳没。
脚注
[編集]著書
[編集]- 『不思議な国イタリア』(サイマル出版会)
|
|
|
|
|