壺
壺(壷、つぼ)は、胴部がふくれて頸があり口が狭くなっている形状の陶磁器[1]。蓋付きのものもあり液体の貯蔵などに用いられる[1]。ただし、金属器の壺など陶製でないものもある(古墳時代にはカキメ調整などに用いられた)[2]。
歴史
[編集]中期青銅器時代、地中海沿岸のレヴァントで「カナーン壺」が製作されるようになった[3]。
その後、エジプトでアンフォラが製作されるようになり、当初は「カナーン壺」の模倣にすぎなかったが、底すぼみ形や寸胴形のものが現れるなど独自の発展を遂げた[3]。新王国時代のアンフォラは、ワインの輸送や貯蔵に利用されていたケースが多数確認されたことから「ワイン壺」とも呼ばれているが、ビール、牛乳、蜂蜜、油、軟膏、肉、鳥、魚、麦、豆、果物などの容器にも使われていたことが明らかになっている[3]。
器種
[編集]日本語には「壺」と「甕(瓶、かめ)」があり区別が困難な場合がある[1][4]。考古学上は便宜的に、人類学者の長谷部言人が考案した正方形を九等分して土器の立面図とし、胴部と頸部の接する部分の幅が全体の3分の2以上のものを「甕」、3分の2に満たないものを「壺」とする目安が示されている[4]。長谷部の分類は甕、壺、深鉢、浅鉢、皿、高坏に分けるが、あくまでも目安であり、実際の現場や報告書ではこれとは異なる呼称を用いているものもある[4]。
テオティワカン遺跡の出土品は、Olla(大型壺)、Jar(壺)、Tecomate(テコマテ)などに分類されている[5]。
用途
[編集]美術
[編集]生命力の象徴として壺自体が装飾のモチーフとされた[6]。古代オリエントでは生命力を象徴する生命の木と呼ばれる文様があったが、ヨーロッパに伝播する過程で「生命の泉」を表す壺の中から植物がのびた図像に変化し、装飾の図柄として好まれた。初期のキリスト教世界では、壺はキリストの復活と再生を象徴する洗礼盤を暗示し、キリスト教の信徒を象徴する鳥獣が壺の左右から水を飲む文様は、キリストと信徒の関係を示すモチーフとして重要な役割を持った[6]。中世になると生命の象徴や宗教的な意味は失われたが、アラベスクや染織の文様などで、花とともにデザインの構成物として好まれ続けた。
用字
[編集]漢字の字体は、下部を「亞」とする「壺」および、「亜」とする「壷」という2種類の表記が用いられる。2000年12月8日の国語審議会答申においては、常用漢字並みに常用される印刷標準字体としての表外漢字字体表として「壺」を採用しており、ウィキペディア日本語版においても表外漢字字体を用いる基準が採用されている(Wikipedia:表記ガイド#漢字参照)ことから、固有名詞などを除いては「壺」を用いることが妥当である。
ただし、康熙字典には「壷」が正字体として掲げられている[7]。これに従い、『角川大字源』では「壷」を見出しに用いている[7]ほか、朝日新聞では1950年代[8]から2007年1月15日付[7]まで「壷」を用いていた。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k 神野 善治「民具の名称について―共通名と基本形態―」『国際常民文化研究叢書』第6巻、神奈川大学 国際常民文化研究機構、2014年3月1日、19-33頁。
- ^ “壺”. 九州国立博物館. 2023年9月4日閲覧。
- ^ a b c 有村 元春「古代エジプト新王国時代に流通した寸胴形アンフォラに関する一考察」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』第68巻、早稲田大学、2023年3月15日、579-597頁。
- ^ a b c 鷹野 光行. “第12回館長講座 『縄紋土器 器形と用途』”. 東北歴史博物館. 2023年9月4日閲覧。
- ^ “土器の分析-1”. 富山国際大学. 2023年9月4日閲覧。
- ^ a b 視覚デザイン研究所編『ヨーロッパの文様事典』視覚デザイン研究所、2000年、170-177頁、ISBN 4-88108-151-9。
- ^ a b c 比留間直和『朝日字体の時代 6』ことばマガジン(朝日新聞)、2013年9月25日
- ^ 比留間直和『朝日字体の時代 1』ことばマガジン(朝日新聞)、2013年4月24日
関連項目
[編集]- 壺絵
- 拡張新字体
- 霊感商法 - 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)がかつて高額の大理石の壺を不安を煽り売りつけていた。