李河一
李河一 리하일 | |
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生年月日 | 1928年1月1日 |
出生地 | 日本統治下朝鮮咸鏡南道 |
没年月日 | 2021年8月1日(93歳没) |
所属政党 | 朝鮮労働党 |
称号 | 金日成勲章、金正日勲章 |
最高人民会議代議員 | |
当選回数 | 4回 |
在任期間 | 1982年11月 - 2003年8月 |
最高指導者 | 金日成(1948年 - 1994年) 金正日(1994年 - 2011年) |
その他の職歴 | |
朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員 (1990年5月 - 1998年7月) | |
朝鮮労働党中央軍事委員会委員 (1992年1月 - 2010年9月) | |
朝鮮労働党中央委員会委員 (1980年10月 - 2010年9月) |
李河一 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 리하일 |
漢字: | 李夏一 |
発音: | リ・ハイル |
英語表記: | Ri Ha-il |
李 河一(李夏一、リ・ハイル、朝鮮語: 리하일、1928年1月1日 - 2021年8月1日)は、朝鮮民主主義人民共和国の軍人、政治家。朝鮮労働党中央軍事委員会委員、朝鮮労働党中央委員会委員、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員、朝鮮労働党軍事部長、人民武力部作戦局長などを歴任。朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は次帥。
経歴
[編集]1928年に産まれる。万景台革命学院卒業後、ソ連に留学。1975年に朝鮮人民軍第525部隊司令官に就任。1979年には第8軍団長に就任。1980年には朝鮮労働党中央委員会委員に選出された。1982年には最高人民会議第7期代議員、朝鮮労働党中央軍事委員会委員、朝鮮労働党軍事部長に選出された。1990年には最高人民会議第9期第1回会議で朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員に選出された。1992年には大将に昇進。1994年には金日成主席の葬儀委員会委員に選出された。
1995年には次師に昇進。1998年の最高人民会議第10期第1回会議で国防委員会委員を解任された。2003年の最高人民会議第11期選挙では選出されなかった。2010年には党中央軍事委員会委員、党中央委員会委員を解任された[1]。この人事は金正日世代から金正恩世代への交代人事とされる。
2021年8月1日に死亡したことが2023年9月15日の朝鮮中央通信の報道によって明らかになった[2]。
脚注
[編集]- ^ 北が労働党幹部を大幅入れ替え、世代交代に着手か 聯合ニュース 2010年9月29日
- ^ “조선중앙통신 | 기사 | 신미리애국렬사릉에 렬사들의 유해 새로 안치”. www.kcna.kp. 2023年9月14日閲覧。