稲葉圭亮
稲葉 圭亮(いなば けいすけ、1886年12月10日[1] - 1975年12月11日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
稲葉 圭亮 いなば けいすけ | |
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生年月日 | 1886年12月10日 |
出生地 | 新潟県 |
没年月日 | 1975年12月11日(89歳没) |
出身校 | 東京帝国大学法学部 |
所属政党 | (翼賛政治会→) (翼壮議員同志会→) 無所属倶楽部 |
親族 | 弟・稲葉修(元衆議院議員、元法務大臣) 甥・稲葉大和(元衆議院議員) |
選挙区 | 新潟県第2区 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 1942年4月30日 - 1945年12月18日 |
経歴
[編集]新潟県出身。東京帝国大学法学部に入り、上杉慎吉の下で憲法学と社会学を学ぶ[3]。在学中に七生社を結成する[3]。1917年に同大学を卒業[2]。翌年、中国に渡り、大総統府に勤務する[3]。帰国後は法政大学講師となり[4]、東亜研究所に勤務し、1942年の第21回衆議院議員総選挙(いわゆる「翼賛選挙」)で新潟2区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する。当選後は大政翼賛会政調会商工委員、事務局参与となった[3]。終戦後の1945年に無所属倶楽部に加入したが、翌年公職追放となった[5]。 1975年死去。
親族
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。