第18次長期滞在
徽章 | |||||
コールサイン | Expedition 18 | ||||
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乗組員数 | 3名 | ||||
打上げ日 | 2008年5月31日(STS-124)&2008年10月12日(ソユーズTMA-13)&2008年11月14日(STS-126)&2009年3月15日(STS-119) | ||||
打上げ機 | ソユーズTMA-13、STS-124、STS-126、STS-119 | ||||
帰還日 | 2009年4月8日 | ||||
左から若田、フィンク、マグナス、ロンチャコフ、シャミトフ | |||||
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第18次長期滞在(だい18じちょうきたいざい、Expedition 18)は、国際宇宙ステーションへの18回目の長期滞在である。
最初の2人の乗組員マイケル・フィンクとユーリ・ロンチャコフは2008年10月12日にソユーズTMA-13で打ち上げられた。サンドラ・マグナスはSTS-126で打ち上げられ、第18次長期滞在に加わった。彼女は、2009年3月17日にSTS-119で打ち上げられた宇宙航空研究開発機構の若田光一と交代した。グレゴリー・シャミトフは第17次長期滞在から継続で、STS-126で地球に帰還した[1]。
乗組員
[編集]職務[2] | 第1期 (2008年10月-11月) | 第2期 (2008年11月-2009年3月) | 第3期 (2009年3月-4月) |
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船長 | マイケル・フィンク, NASA (2度目の飛行) | ||
フライトエンジニア1 | ユーリ・ロンチャコフ, RSA (3度目の飛行) | ||
フライトエンジニア2 | グレゴリー・シャミトフ, NASA (初飛行) | サンドラ・マグナス, NASA (2度目の飛行) | 若田光一, JAXA (3度目の飛行) |
備考
[編集]当初はサリザン・シャリポフが参加する予定だったが、バックアップのユーリ・ロンチャコフと交代になった。
バックアップ
[編集]- ゲンナジー・パダルカ 船長、RSA(ロンチャコフ)
- マイケル・バラット フライトエンジニア、NASA(フィンク)
- ティモシー・コプラ フライトエンジニア、NASA(シャミトフ)
- ニコール・ストット フライトエンジニア、NASA(マグナス)
- 野口聡一 フライトエンジニア、NASA(若田)
デブリの衝突
[編集]1993年にGPS衛星を打ち上げたデルタIIロケットのペイロード支持モジュールの破片がスペースデブリとして、2009年3月12日にISSの近傍を通過した。ISSとデブリの接近が発見されたのは、衝突回避マニューバが起動できるよりも後になってからだった。乗組員はモジュール間のハッチを閉めて緊急用にドッキングしていたソユーズに避難した[3]。デブリは衝突せず、16:38UTCに通り過ぎ、乗組員は5分後には通常の作業に戻った[3]。
出典
[編集]- ^ National Aeronautics and Space Administration (2008年). “Expedition 18 Launch Preparations”. NASA. 2008年10月7日閲覧。
- ^ NASA (2007年). “NASA Announces Three International Space Station Crews”. NASA. November 3 2007閲覧。
- ^ a b Bergin, Chris (2009年3月12日). “RED threshold late notice conjunction threat misses ISS - Crew egress Soyuz”. NASASpaceflight.com. 2009年3月12日閲覧。