草笛美子
くさぶえ よしこ 草笛 美子 | |
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本名 | 朽木 綱子 (くつき つなこ) |
生年月日 | 1909年8月31日 |
没年月日 | 1977年10月29日(68歳没) |
出生地 | 鳥取県 |
職業 | 女優 |
ジャンル | 宝塚歌劇団・映画・演劇 |
活動期間 | 1927年 - 1977年 |
著名な家族 | 草笛雅子(姪) |
草笛 美子(くさぶえ よしこ、1909年8月31日[1] - 1977年10月29日)は、日本の女優で、元宝塚歌劇団娘役のタカラジェンヌで宝塚歌劇団卒業生。
本名は朽木 綱子(くつき つなこ)。鳥取県出身。宝塚歌劇団時代の愛称はくっちゃん(由来は本姓の「朽木」より)。姪は草笛雅子。
略歴
[編集]- 1926年、大阪市立高等女学校(後の大阪市立扇町高等学校)卒業後[2]に宝塚歌劇団16期生として宝塚音楽歌劇学校(後の宝塚音楽学校)に入学し、宝塚少女歌劇団(後の宝塚歌劇団)に入団[3]。当時は入学イコール入団で学校と劇団は一体であった。
- 退団後は、藤原歌劇団へ入団するほか、女優としても活動、映画にも多く出演している。また、自分の劇団も創設している。
- 1977年10月29日、68歳で没した。
逸話
[編集]宝塚歌劇団時代の主な舞台出演
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
- 『モン・パリ』(花組)(1927年9月1日 - 9月30日、宝塚大劇場)
- 『モン・パリ』(雪組)(1928年7月1日 - 7月31日、宝塚大劇場)
- 『シンデレラ』- シンデレラ(花組)(1929年10月1日 - 10月31日、宝塚大劇場)
- 『ブロードウェイ』(花組)(1930年1月1日 - 1月31日、宝塚大劇場)
- 『パリゼット』(宝塚大劇場)
- 『セニョリータ』(月組)(1931年1月1日 - 1月31日、宝塚大劇場)
- 『ローズ・パリ』(1931年、宝塚大劇場)
- 『サルタンバンク』(月組)(1932年2月1日 - 2月29日、宝塚大劇場)
- 『巴里ニューヨーク』(花組)(1933年1月1日 - 1月31日、宝塚大劇場)
- 『花詩集』(1933年、宝塚大劇場)
- 『トウランドット姫』- トウランドット(月組)(1934年3月26日 - 4月30日、宝塚大劇場)
- 『トウランドット姫』- トウランドット(花組)(1934年5月1日 - 5月31日、宝塚大劇場)
- 『青春』(月組)(1934年11月1日 - 11月30日、宝塚大劇場)
- 『美しき千萬長者』(月組)(1935年2月1日 - 2月28日、中劇場)
- 『愛と企み』(雪組)(1935年7月1日 - 7月31日、宝塚大劇場)
- 『アルペン・ローゼ』(花組)(1936年5月1日 - 5月31日、宝塚大劇場)
- 『佐保姫』『サーカス』(星組)(1937年2月7日 - 2月21日、中劇場)
- 『歌へモンパルナス』(星組)(1937年9月1日 - 9月30日、宝塚大劇場)
- 『忘れじの歌』(星組)(1938年1月1日 - 1月31日、宝塚大劇場)
- 『スヰート・メロディ』(星組)(1938年5月1日 - 5月31日、宝塚大劇場)
- 『三つのワルツ』- ファンニ/イヴェット/イレーヌ(花組)(1938年8月1日 - 8月31日、宝塚大劇場)
- アメリカ公演(1939年)
- 『我等の旅行記』(月組)(1939年8月26日 - 9月24日、宝塚大劇場)
主な映画出演
[編集]- 『水滸伝』 - 翠蓮 役(1942年、東宝)
- 『歌ふ狸御殿』- きぬた 役(1942年、大映)
- 『女のたたかひ』(1943年、大映)
- 『春爛漫狸祭』- 満壽妃(1948年、大映)
- 『トンチンカン八犬伝』(1953年、宝塚映画=東宝)
- 『弥次喜多漫才道中』(1955年、宝塚映画=東宝)
脚注
[編集]- ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1933年1月、154号
- ^ 『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1935年3月、180号、P18、P19
- ^ a b 『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日、13頁。ISBN 978-4-484-14601-0。
- ^ 村上久美子 (2014年1月11日). “宝塚が八千草薫ら殿堂100人を発表”. 日刊スポーツ 2022年6月25日閲覧。
- ^ 『宝塚歌劇 華麗なる100年』朝日新聞出版、2014年3月30日、134頁。ISBN 978-4-02-331289-0。