荒駒兵衛
荒駒 兵衛(あらこま ひょうえい、1911年1月7日[1] - 1995年9月3日[2] )は、青森県南津軽郡藤崎町出身[1]で湊川部屋に所属した元大相撲力士。本名は成田 兵衛[1]。身長164cm、体重100kg。最高位は西十両7枚目。
来歴
[編集]1927年1月場所初土俵[1]。1936年1月場所新十両[2]。この場所5勝6敗で幕下に落ちた。幕下に落ちた翌1936年5月場所7日目、各段1場所で幕下に上がった羽黒山と対戦、一気の寄りで羽黒山に勝った(羽黒山はこの1敗のみで幕下優勝)[2]。この場所でも8勝3敗と勝ち越し、再十両を決めた[2]。再十両の場所でも3勝8敗と負け越し、再び幕下に落ち4場所連続で負け越し、三段目に落ちた。その後再び幕下に上がったが、三段目に落ちた1942年1月場所で廃業した。廃業後は郷里に帰り、1995年に死去した[2]。
改名
[編集]荒駒→津軽海→荒駒→飛龍洋→龍飛洋
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『あおもり力士よもやま話』第1巻 奈月ひかる(北の街社刊)