計算科学

ベンゼン最低空軌道

計算科学(けいさんかがく、: computational science)は、数学的モデルとその定量的評価法を構築し、計算機を活用して科学技術上の問題を解決する学問分野である[1][2]。具体的には、様々な問題の計算機によるシミュレーションやその他の計算手法の適用を指す。

概要

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計算科学は、計算機科学コンピュータ科学)の関連分野であり、一部とみなされることもあるが、大きな違いもある。一般に計算機科学は、応用とは独立にコンピュータの理論や実際を扱うこともあり、理論計算機科学などでは対象とするコンピュータ自体すら理論的存在のこともあり数学的などとも言えるであろう。またデータ処理など、数値計算のともなわない分野もある。一方で計算科学は、多くの場合、数学というよりは少なくとも数値解析のように実際の数を対象とし、多くは物理現象などといった現実の対象をモデル化したものである。

科学者や技術者は、対象領域をモデル化したプログラムアプリケーションソフトウェアを開発し、それに様々なパラメータを与えて実行する。一般にそのようなモデルは大量の演算を必要とし、スーパーコンピュータ分散コンピューティング環境で実行されることが多い。「高性能計算」という分野名もある[3][4][5][6]

数値解析 (精度保証付き数値計算[7][8][9][10]数値線形代数[3]常微分方程式の数値解法[11]偏微分方程式の数値解法[12][13]数値積分[14]など) は計算科学の重要な手法のひとつである[15][16]。数値シミュレーションは、以下のように対象とする問題の性質によって目的が異なる。

  • 既知の事象を再構築して理解する(例えば、地震津波などの自然災害)。
  • 既知のシナリオを最適化する(例えば、工学的プロセスや産業プロセス)。
  • 未来または未知の状況を予測する(例えば、気象原子レベル以下の粒子の振る舞い)。

計算科学のアプリケーションプログラムは実世界の条件を変更してモデル化することが多い。例えば、気象、飛行機の周辺の気流自動車衝突時の車体の状況、銀河系の星々の動き、爆発物などである。そのようなプログラムは、コンピュータのメモリ内に論理的メッシュ(網目)を形成し、個々の領域が実世界のモデルの空間的な一部分を表すようになっている。例えば気象の場合、ひとつの点が数キロ平方の領域に対応し、その下の地理状態、風向き、湿度温度気圧といったパラメータが与えられる。プログラムはシミュレートする時間間隔に従って、現在の状態を基に次の状態を計算する。この計算はモデル化された方程式を解くことで行われる。そのような計算を次々に行っていくのである。

「計算科学者」という言葉は、科学技術計算に長けた人を意味する。一般に科学者技術者、応用数学者であることが多く、高性能なコンピュータを利用して対象領域(物理学化学工学など)の何らかの最先端の理論を検証する。計算科学は他にも経済学生物学医学にも適用されつつある。

科学的方法

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計算科学は科学の第三の形態で、実験/観測理論の間を補間するもの、という主張もある。スティーブン・ウルフラム(特にその著書 A New Kind of Science[17])や Jürgen Schmidhuber などが主張している。

研究・教育

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計算科学は従来、応用数学計算機科学の一部として教育されるか、一般的な数学・科学・工学のカリキュラムの一環として教育されてきた。しかし、西ヨーロッパ諸国や北アメリカ諸国では計算科学で学士号を取得する学生が年々増加している。計算科学に関する修士号を与える大学も増え、一部の大学では博士号も与えている。

日本

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また、以下のような関連学会がある。

米国

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以下のような関連学会がある。

関連分野

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また、科学の一分野ではないが関連がある分野として下記のものがある。

脚注

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  1. ^ Sloot, Peter M.A. (2010). "Computational science: A kaleidoscopic view into science". Journal of Computational Science. 1 (4): 189. doi:10.1016/j.jocs.2010.11.001
  2. ^ Nonweiler T. R., 1986. Computational Mathematics: An Introduction to Numerical Approximation, John Wiley and Sons
  3. ^ a b 数値線形代数の数理とHPC, 櫻井鉄也, 松尾宇泰, 片桐孝洋編(シリーズ応用数理 / 日本応用数理学会監修, 第6巻)共立出版, 2018.8
  4. ^ The Art of High Performance Computing for Computational Science, Vol. 1, Techniques of Speedup and Parallelization for General Purposes, Edited by Masaaki Geshi (2019), Springer.
  5. ^ 計算科学のためのHPC技術1, 下司雅章 編/片桐孝洋,中田真秀,渡辺宙志,山本有作,吉井範行,Jaewoon Jung,杉田有治,石村和也,大石進一,関根晃太,森倉悠介,黒田久泰 著, ISBN 978-4-87259-586-4, 2017年03月, 大阪大学出版会.
  6. ^ 計算科学のためのHPC技術2, 下司雅章 編/南一生,高橋大介,尾崎泰助,安藤嘉倫,小林正人,成瀬彰,黒澤一平 著, ISBN 978-4-87259-587-1, 2017年03月, 大阪大学出版会.
  7. ^ 中尾充宏、山本野人:「精度保証付き数値計算―コンピュータによる無限への挑戦」、日本評論社、(1998年)
  8. ^ 大石進一:「精度保証付き数値計算」、コロナ社、(2000年)
  9. ^ 中尾充宏、渡辺善隆:「実例で学ぶ精度保証付き数値計算」、サイエンス社(2011年)
  10. ^ 大石進一編著:「精度保証付き数値計算の基礎」、コロナ社、(2018年)
  11. ^ 三井斌友 (2003) 常微分方程式の数値解法, 岩波書店.
  12. ^ 田端正久; 偏微分方程式の数値解析, 2010. 岩波書店.
  13. ^ 登坂宣好, & 大西和榮. (2003). 偏微分方程式の数値シミュレーション. 東京大学出版会.
  14. ^ Davis, P. J., & Rabinowitz, P. (2007). Methods of numerical integration. Courier Corporation.
  15. ^ 山本哲朗『数値解析入門』(増訂版)サイエンス社〈サイエンスライブラリ 現代数学への入門 14〉、2003年6月。ISBN 4-7819-1038-6 
  16. ^ 森正武. 数値解析 第2版. 共立出版.
  17. ^ Wolfram, S. (2002). A New Kind of Science. Champaign, IL: Wolfram media.
  18. ^ 夏目雄平、小川建吾、鈴木敏彦、計算物理 (全三巻)、朝倉書店。
  19. ^ Landau, Rubin H.; Páez, Manuel J.; Bordeianu, Cristian C. (2015). Computational Physics: Problem Solving with Python. John Wiley & Sons.
  20. ^ Thijssen, Jos (2007). Computational Physics. Cambridge University Press.
  21. ^ Landau, Rubin H.; Paez, Jose; Bordeianu, Cristian C. (2011). A survey of computational physics: introductory computational science. Princeton University Press.
  22. ^ T. Pang, An Introduction to Computational Physics, Cambridge University Press (2010)
  23. ^ B. Stickler, E. Schachinger, Basic concepts in computational physics, Springer Verlag (2013).
  24. ^ 計算力学の常識 by 土木学会 (2008) 丸善.
  25. ^ Anderson, J. D., & Wendt, J. (1995). Computational fluid dynamics (Vol. 206). New York: McGraw-Hill.
  26. ^ Chung, T. J. (2010). Computational fluid dynamics. Cambridge University Press.
  27. ^ Blazek, J. (2015). Computational fluid dynamics: principles and applications. Butterworth-Heinemann.
  28. ^ Wesseling, P. (2009). Principles of computational fluid dynamics (Vol. 29). Springer Science & Business Media.
  29. ^ Jensen, F. (2017). Introduction to computational chemistry. John Wiley & Sons.
  30. ^ Young, D. (2004). Computational chemistry: a practical guide for applying techniques to real world problems. John Wiley & Sons.
  31. ^ Cramer, C. J. (2013). Essentials of computational chemistry: theories and models. John Wiley & Sons.
  32. ^ Gasteiger, J., & Engel, T. (Eds.). (2006). Chemoinformatics: a textbook. John Wiley & Sons.
  33. ^ Leach, A. R., & Gillet, V. J. (2007). An introduction to chemoinformatics. Springer Science & Business Media.
  34. ^ Waterman, M. S. (1995). Introduction to computational biology: maps, sequences and genomes. CRC Press.
  35. ^ Gentleman, R., Carey, V., Huber, W., Irizarry, R., & Dudoit, S. (Eds.). (2006). Bioinformatics and computational biology solutions using R and Bioconductor. Springer Science & Business Media.
  36. ^ 杉原厚吉. (2013). 計算幾何学. 朝倉書店.
  37. ^ Preparata, F. P., & Shamos, M. I. (2012). Computational geometry: an introduction. Springer Science & Business Media.
  38. ^ O'rourke, J. (1998). Computational geometry in C. Cambridge University Press.
  39. ^ Minsky, M., & Papert, S. A. (2017). Perceptrons: An introduction to computational geometry. MIT Press.

関連文献

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外部リンク

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海外

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日本

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配信講義

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