趙 瑚児(ちょう こじ、生没年不詳)は、北宋の徽宗の第13皇女(夭逝を除いて第6皇女)。
貴妃鄭氏(後の顕粛皇后)の五女として生まれた。大観2年(1108年)5月、昌福公主の位を授けられた。政和3年(1113年)閏4月、昌福帝姫の位を改授された。宣和5年(1123年)6月、成徳帝姫を再授され、向子房に降嫁した。
靖康の変後、金に連行され、金の天会6年(1128年)8月に洗衣院に下された。