阿蘇カルデラ

阿蘇カルデラの地形図
阿蘇カルデラの空撮(2014年5月)
中央火口丘の南北に広がる市街地、 耕地、牧草地はカルデラ内に存在する。
大観峰から見た阿蘇カルデラ

阿蘇カルデラ(あそカルデラ)は、九州熊本県にある、阿蘇山を中心としたカルデラ地形である。

概要

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南北25km、東西18km[1]で、中心部に中央火口丘阿蘇五岳があって、カルデラ底を北部の阿蘇谷、南部の南郷谷に分断している。これらを標高300-700m級の外輪山が取り囲んでいる[1]

カルデラ内の阿蘇谷と南郷谷には湖底堆積物がある[2]地質調査ボーリング調査によって阿蘇カルデラ形成後にカルデラ内において湖が少なくとも3回出現したと考えられ、古いものから、古阿蘇湖、久木野湖、阿蘇谷湖と呼ばれている[3]。また、現在露出している中央火口丘群は活動期間後半の8万年前から現在までに形成された山体に過ぎず、活動初期の山体は噴出物に埋没している[4]

形成史

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阿蘇カルデラは、27万年前から9万年前に起きたAso-1、Aso-2、Aso-3、Aso-4と呼ばれる4つの火砕流の噴出に伴う活動で形成された。特に大規模だったのはAso-4で多量の火砕物を放出し、火砕流は当時は陸続きだった本州西部の秋吉台山口県)まで流走した[5]。その距離は160kmにもなる。Aso-4の噴火で、現在見られる広大な火砕流台地を形成した。その後の侵食でカルデラ縁は大きく広がり、現在の大きさにまで広がったと考えられている。なお、Aso-4火山灰日本列島を広く覆っていることは1982年に初めて気づかれ、1985年に発表された[6][7]。またこの4回の火砕流の体積は内輪に見積っても約200 km3である[8]

主な噴出年代と噴出量
  • Aso1 : 約26.6万年前[9]、噴出量 32 DRE km3[10]
  • Aso2 : 約14.1万年前[9]、噴出量 32 DRE km3[10]
  • Aso3 : 約13万年前[11]、噴出量 96 DRE km3[10]
  • Aso4 : 約9万年前、噴出量 384 DRE km3[10]

注)DRE(Dense Rock Equivalent)は換算マグマ噴出量。噴出堆積物の量はこれよりもはるかに多い。

Aso-4噴火

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Aso-4噴火は最初期の小規模な降下火砕物と火砕流を噴出する活動で開始し、大規模火砕流の噴出に移行した。Aso-4火砕流堆積物は、1.軽石かスコリアと言った「本質物の種類」、2.堆積物の色調・粒度・溶結度と言った「岩相」、3.本質物の斑晶量・斑晶組み合わせ・全岩化学組成と言った「岩質の違い」により、複数のサブユニットに区分される。これらのサブユニット間には長い時間間隙を示す土壌層や顕著な侵食間隙などは認められないことから、ほぼ連続的に噴出・堆積したと考えられる。

イベント全体の見かけ噴出量は、火砕流堆積物が340~940km3 、火山灰が220~370km3または590~920km3と見積もられており、合計すると560~1,860km3と推定される。[12]

Aso-4 第1期

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Aso-4噴火の最初期。下位からAso-4X降下軽石、及びこれと同質からなるAso-4X火砕流堆積物が降下軽石層を覆う。黒雲母斑晶を含むのが特徴。第1期の噴出物は、カルデラ壁東側近傍の10数km以内で観察できる。

Aso-4 第2期

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下位から4L降下火山灰、及び4S火砕流堆積物からなる。4K降下火山灰は、成層した青灰色の火山灰層で、カルデラ縁東側10km以内に確認される。

この火山灰層を覆う4S火砕流堆積物は、白色軽石を含む非溶結の火砕流堆積物で、角閃石斑晶をわずかに含む。この火砕流堆積物は、カルデラ縁東側と北側の10km以内に確認される。

Aso-4 第3期

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Aso-4噴火による噴出物の大部分を占める主要な層が第3期にあたり、いずれも火砕流堆積物。下位からAso-4O, Aso-4K, Aso-4H, Aso-4Y, Aso-4M, Aso-BS, Aso-Aのサブユニットからなる。

カルデラ西方の堆積物

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Aso-4Oは、益城町小谷(おやつ)付近に分布する、白色軽石を大量に含む火砕流堆積物である。層厚が厚いのにも関わらず全体的に非溶結。また、Aso-4Oの基底部には軽石火山礫や異質角礫に富み細粒物が乏しい岩片濃集層を伴っている。

Aso-4Kは、南関町肥猪(こえい)などに分布する、ほぼ全量が火山灰粒子からなる溶結した火砕流堆積物である。軽石火山礫をわずかにしか含まないことの他、他のAso-4火砕流堆積物の本質物と比較して角閃石斑晶をほとんど含まないのが特徴。

Aso-4Hは、宇城市鳩ノ平などに分布する、大部分が溶結する火砕流堆積物である。堆積物に含まれる溶結レンズのサイズが数cm以下で、上位のAso-4Yよりもやや粒径が小さい。

Aso-4Yは、カルデラ西側に存在するAso-4火砕流堆積物のサブユニットの中で最も広範囲に分布する大規模な噴出物で、福岡市天草市など遠方まで到達している。火砕流堆積物の厚い部分では下部が溶結し、上部に非溶結部を伴う。

Aso-4Mは、和水町用木などに分布する、粗粒な灰色軽石を含む火砕流堆積物である。しばしば少量の縞状軽石スコリアを伴う。

Aso-BSは、菊池市旭志弁利などに分布する、黒色スコリアを含む非溶結の火砕流堆積物で、灰色の軽石や縞状軽石を伴う。

カルデラ西方以外の堆積物

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Aso-Aは、カルデラから北~東~南側に分布するAso-4第3期火砕流堆積物の総称。カルデラから西側に分布するAso-4Yを中心に、Aso-4OからAso-4Mに対比されると推定される。谷埋め地域など層厚の厚い部分の下部では強溶結で、台地上や斜面など層厚が薄い部分では弱溶結・非溶結となる。強溶結部は、暗灰色マトリックス中に黒色ガラスレンズを多数含む硬質岩。弱溶結部は、灰~暗灰色マトリックス中に偏平化軽石を含む。非溶結部は、灰~暗灰色の火山灰マトリックスに軽石が散在し、軽石の気泡はしばしば引き延ばされる。溶結柱状節理は径1~2m規模で発達。

Aso-Aの基底部には、しばしば異質角礫を多く含む細粒欠乏の岩片濃集層が伴う。カルデラ壁では異質岩片の径が大きく厚い傾向にあるが、カルデラからの距離による層厚や径の変化は不規則。含まれる岩片の種類は、カルデラ近傍では先阿蘇火山岩類に由来する輝石安山岩などが最も多く、基盤に由来するとみられる花崗岩類や変成岩類なども少量認められる。カルデラ遠方では、火砕流流走中に捕獲された地元の異質岩片が多いと考えられる。

第4期

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Aso-4噴火の最終期で、Aso-4T, Aso-4B, Aso-4KSのいずれも火砕流堆積物からなる。

Aso-4Tは、非溶結でオレンジ色をした火砕流堆積物で、かつては鳥栖ロームと呼ばれていた。山口県や宮崎県など広い範囲に分布するが、その層厚は1~2m程度と薄い場合が多く、広域拡散型火砕流(low aspect-ratio ignimbrite)であると考えられている[13]。カルデラ近傍では、岩片・軽石火山礫や中~極粗粒砂サイズの火山灰に富み細粒物に乏しい岩片濃集層を伴うか、この岩片濃集層のみが分布する。

Aso-4Bは、カルデラ近傍東側に分布する、Aso-4Aを直接覆う強溶結の火砕流堆積物で、柱状節理が発達する。Aso-4Bの上面はしばしば赤色に酸化し、1~2m程度の弱溶結部や非溶結部が認められることがある。Aso-4Bの到達限界外ではAso-4TがAso-4Aを直接覆っており、Aso-4TとAso-4Bの分布は重ならないことから、4Tと4Bは同時異層である可能性がある。

Aso-KSは、菊池市九ノ峰などに分布する、黒色スコリアを含む非溶結の火砕流堆積物で、白~オレンジ色の軽石を伴う。カルデラ東側では,黒色スコリアを主体とする火砕流堆積物はないが、Aso-4B上面の非~弱溶結部に微量の黒色スコリアを含むことから、4KSと4Bも同時異層である可能性が考えられる。[12]

阿蘇カルデラの大きさ

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阿蘇カルデラの大きさは、よく世界最大級[14][15][16]と言われるがそれは、阿蘇カルデラのようなじょうご型カルデラで、カルデラの内側に2.6万の人口をもつ集落を形成し、広く農地開墾が行われ、国道鉄道まで敷設されている例としては世界最大級ということである[17]

なお陸地における世界最大のカルデラはインドネシアトバカルデラ(長径約100km、短径約30km)である[18][19]。トバカルデラのようなバイアス型カルデラでは、70 - 80kmになることも珍しくない。また、日本では、屈斜路カルデラ[20](長径約26km、短径約20km)が最大で、阿蘇はこれに次ぐ第2位である[18]

人間との関わり

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有史後の阿蘇カルデラ内にはヒトが定住し、現在は阿蘇市阿蘇郡6町村がある。

活火山を中心とする巨大なカルデラ内に多くの人が暮らし、放牧などが営まれていることから、2013年に世界農業遺産、翌年には世界ジオパークに選定され[1]。観光地としても人気があり、阿蘇市には阿蘇火山博物館が設けられている。

熊本県庁と阿蘇地域の7市町村はかつて世界自然遺産登録をめざしたが、環境省などの国内検討会で2003年に落選し、その後は世界文化遺産へ向けた運動に転換した[1]

阿蘇カルデラ内の植生景観としては、草千里ヶ浜など草原が有名であるが、これらは放牧牧草採集のため、牧野(ぼくや)組合やボランティアが野焼きにより維持されているものである[1]

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ a b c d e 阿蘇の営み 文化遺産目指す■登録へ地元の動き活発/カルデラ景観 保全課題『読売新聞』朝刊2024年12月21日(解説面)
  2. ^ 久木野層(くぎのそう) 南阿蘇村”. 熊本県 (2010年1月6日). 2016年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月22日閲覧。
  3. ^ 古川邦之 & 鎌田浩毅 2005.
  4. ^ 長岡信治 & 奥野充 2004.
  5. ^ 藤井純子 et al. 2000.
  6. ^ 早川由紀夫. “日本のテフラ時空間分布図 阿蘇4”. 群馬大学教育学部 早川由紀夫研究室. 2021年10月22日閲覧。
  7. ^ 町田洋, 新井房夫 & 百瀬貢 1985.
  8. ^ 小野晃司 1984, p. 44.
  9. ^ a b 阿蘇火砕流”. 熊本県高等学校教育研究会地学部会. 2021年10月22日閲覧。
  10. ^ a b c d 山元孝広 2014.
  11. ^ 下山正一 2001.
  12. ^ a b 星住英夫・宝田晋治・宮縁育夫・宮城磯治・山崎 雅・金田泰明・下司信夫 (2023年). “No.3 阿蘇カルデラ阿蘇4火砕流堆積物分布図”. 地質調査総合センター. 2025年4月28日閲覧。
  13. ^ このような広域拡散型火砕流は、7.3kaの鬼界アカホヤ噴火の幸屋火砕流堆積物や、232年前後のハテペ噴火英語版のTaupo ignimbriteなどが知られる。
  14. ^ 阿蘇山について”. 阿蘇山火山博物館. 2021年10月24日閲覧。
  15. ^ 阿蘇山について”. 阿蘇山火山防災連絡事務所. 2021年10月24日閲覧。
  16. ^ 阿蘇市の概要”. 阿蘇市役所. 2021年10月24日閲覧。
  17. ^ 阿蘇カルデラ”. JSTデジタル教材【地球】ビジュアル情報集. 2015年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月24日閲覧。
  18. ^ a b 中田節也 (2002年8月26日). “火山についてのQ&A(Question #2509)”. 日本火山学会. 2021年10月24日閲覧。
  19. ^ 早川由紀夫. “火山 4章 火山のかたち”. 群馬大学教育学部 早川由紀夫研究室. 2021年10月24日閲覧。
  20. ^ 屈斜路カルデラ”. 第四紀火山岩体・貫入岩体データベース. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター. 2021年10月24日閲覧。

参考文献

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  • 古川邦之、鎌田浩毅「阿蘇カルデラ内西方, 高野尾羽根流紋岩溶岩の内部構造」『地質学雑誌』第111巻第10号、日本地質学会、2005年、590-598頁、doi:10.5575/geosoc.111.590 
  • 長岡信治、奥野充「阿蘇火山中央火口丘群のテフラ層序と爆発的噴火史」『地質学雑誌』第113巻第3号、日本地質学会、2004年4月25日、425-429頁、doi:10.5026/jgeography.113.3_425 
  • 藤井純子、中島正志、石田志朗、松尾征二「山口県に分布する阿蘇4テフラの古地磁気方位」『第四紀研究』第39巻第3号、日本第四紀学会、2000年6月1日、227-232頁、doi:10.4116/jaqua.39.227 
  • 町田洋、新井房夫、百瀬貢「阿蘇 4 火山灰 : 分布の広域性と後期更新世示標層としての意義」『火山.第2集』第30巻第2号、日本火山学会、1985年7月1日、49-70頁、doi:10.18940/kazanc.30.2_49NAID 110002989968 
  • 小野晃司「火砕流堆積物とカルデラ」(PDF)『アーバンクボタ』第22巻、株式会社クボタ、1984年4月、42-45頁。 
  • 下山正一「低平地地下における阿蘇3火砕流堆積物(Aso-3)の年代について」『低平地研究』第10巻、佐賀大学低平地防災研究センター、2001年8月、31-38頁、ISSN 09179445NAID 110000579477NCID AN10565818 
  • 山元孝広「日本の主要第四紀火山の積算マグマ噴出量階段図(阿蘇カルデラ)」(PDF)『地質調査総合センター研究資料集』第613巻、産総研地質調査総合センター、2014年。 
  • 松本征夫; 松本幡郎『阿蘇火山-世界一のカルデラ』東海大学出版会、1981年5月1日。ISBN 978-4486005971 

関連項目

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外部リンク

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