高橋喜一郎
高橋 喜一郎(たかはし きいちろう、1909年(明治42年)10月31日[1][2] - 2001年(平成13年)9月16日[2])は、日本の政治家。山形県新庄市長(5期)。
来歴
[編集]山形県最上郡新庄町(現・新庄市)出身[3]。1927年、山形県立新荘中学校(現・山形県立新庄北高等学校)卒[1][3]。1947年、新庄町議会議員に当選。1949年、新庄町の市制施行により、新庄市議会議員となる[1]。市議会議長を2期務めた。1965年、新庄市長に当選する[1][3]。3期務めた後、1977年に落選[3]。4年後の1981年に市長に返り咲き、2期務め、1989年に退任した。ほか、新庄体育協会、新庄市社会福祉協議会各会長、山形県体育協会理事を歴任した[4]。2001年に死去した。
栄典
[編集]親族
[編集]- 長男 - 高橋栄一郎(新庄市長)
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 第28版 下』人事興信所、1975年。
- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。
- 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ、2012年。