2000年の日本ハムファイターズ
2000年の日本ハムファイターズ | |
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成績 | |
パシフィック・リーグ3位 | |
69勝65敗1分 勝率.515[1] | |
本拠地 | |
都市 | 東京都文京区 |
球場 | 東京ドーム |
球団組織 | |
オーナー | 大社義規 |
経営母体 | 日本ハム |
監督 | 大島康徳 |
選手会長 | 片岡篤史 |
« 1999 2001 » |
2000年の日本ハムファイターズ(2000ねんのにっぽんハムファイターズ)では、2000年の日本ハムファイターズの動向をまとめる。
この年の日本ハムファイターズは、大島康徳監督の1年目のシーズンである。
概要
[編集]上田利治の退任を受けて、球団OBの大島康徳が1994年の引退以来、6年ぶりに監督としてユニフォームに袖を通した。大島は投手コーチに森繁和、バッテリーコーチに田村藤夫を招聘、中日でともに戦った星野仙一監督の背番号77にあやかるべく、自らも監督就任時に77を付けるなど、恩師の水原茂同様、厳しさの中に温かさを持たせる野球を目指した。井出竜也、小笠原道大、片岡篤史、シャーマン・オバンドー、ナイジェル・ウィルソン、田中幸雄、野口寿浩と続くビッグバン打線は全盛期を迎えており、リーグ1位の177本塁打を放ち、チーム打率.278は12球団トップだった。また107盗塁もリーグ1位を記録した。一方の投手陣は、エースの岩本勉をはじめ、金村暁、関根裕之、2年目の立石尚行や建山義紀がローテーションを担ったものの、防御率は軒並み4点を超え、打線の援護に助けられて勝つ試合が多く、後半は長年中継ぎを務めていた下柳剛が先発に加わった。チーム防御率は前年を下回る4.70とリーグ5位だったものの、26完投はリーグ1位だった。最終的にダイエー、西武に次ぐ3位につけ、ダイエーには12勝15敗、西武には13勝14敗と健闘した。
チーム成績
[編集]レギュラーシーズン
[編集]開幕:4/1 | 5/2 | 6/1 | 7/1 | 8/1 | 9/2 | |||||||
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1 | 一 | 小笠原道大 | 中 | 石本努 | 遊 | 田中幸雄 | 二 | 金子誠 | 左 | 石本努 | 中 | 井出竜也 |
2 | 中 | 石本努 | 一 | 小笠原道大 | 一 | 小笠原道大 | 一 | 小笠原道大 | 一 | 小笠原道大 | 一 | 小笠原道大 |
3 | 三 | 片岡篤史 | 三 | 片岡篤史 | 三 | 片岡篤史 | 三 | 片岡篤史 | 中 | 井出竜也 | 三 | 片岡篤史 |
4 | 遊 | 田中幸雄 | 左 | オバンドー | 左 | オバンドー | 左 | オバンドー | 三 | 片岡篤史 | 左 | オバンドー |
5 | 指 | ウィルソン | 指 | ウィルソン | 指 | ウィルソン | 右 | 島田一輝 | 右 | 島田一輝 | 右 | 島田一輝 |
6 | 左 | フランクリン | 遊 | 田中幸雄 | 二 | 金子誠 | 中 | 井出竜也 | 指 | ウィルソン | 指 | ウィルソン |
7 | 右 | 井出竜也 | 右 | 上田佳範 | 右 | 井出竜也 | 指 | ウィルソン | 二 | 金子誠 | 遊 | 田中幸雄 |
8 | 捕 | 野口寿浩 | 捕 | 野口寿浩 | 捕 | 野口寿浩 | 捕 | 野口寿浩 | 捕 | 野口寿浩 | 捕 | 野口寿浩 |
9 | 二 | 金子誠 | 二 | 金子誠 | 中 | 石本努 | 遊 | 奈良原浩 | 遊 | 奈良原浩 | 二 | 奈良原浩 |
投 | 岩本勉 | 投 | 建山義紀 | 投 | 新谷博 | 投 | 下柳剛 | 投 | 下柳剛 | 投 | 清水章夫 |
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 最終成績 | ||||||
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1位 | 日本ハム | -- | 西武 | -- | 西武 | -- | ダイエー | -- | 西武 | -- | ダイエー | -- |
2位 | 西武 | 0.5 | オリックス | ダイエー | 0.0 | 西武 | 0.5 | 日本ハム | 2.5 | 西武 | 2.5 | |
3位 | オリックス | ダイエー | 2.0 | 日本ハム | 1.5 | オリックス | 2.5 | ダイエー | 3.0 | 日本ハム | 4.5 | |
4位 | ダイエー | 2.0 | 日本ハム | 4.0 | オリックス | 2.0 | 日本ハム | 4.5 | オリックス | 6.0 | オリックス | 8.0 |
5位 | 近鉄 | 6.0 | 近鉄 | 7.0 | 近鉄 | 6.5 | ロッテ | 6.5 | ロッテ | 10.5 | ロッテ | 9.0 |
6位 | ロッテ | 9.0 | ロッテ | 8.0 | ロッテ | 8.0 | 近鉄 | 10.0 | 近鉄 | 14.0 | 近鉄 | 15.0 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 福岡ダイエーホークス | 73 | 60 | 2 | .549 | 優勝 |
2位 | 西武ライオンズ | 69 | 61 | 5 | .531 | 2.5 |
3位 | 日本ハムファイターズ | 69 | 65 | 1 | .515 | 4.5 |
4位 | オリックス・ブルーウェーブ | 64 | 67 | 4 | .489 | 8.0 |
5位 | 千葉ロッテマリーンズ | 62 | 67 | 6 | .481 | 9.0 |
6位 | 大阪近鉄バファローズ | 58 | 75 | 2 | .436 | 15.0 |
オールスターゲーム2000
[編集]→詳細は「2000年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
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選手・スタッフ
[編集]表彰選手
[編集]リーグ・リーダー | |||
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選手名 | タイトル | 成績 | 回数 |
小笠原道大 | 最多安打 | 182本 | 初受賞 |
ベストナイン | ||
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選手名 | ポジション | 回数 |
オバンドー | 外野手 | 初受賞 |
ウィルソン | 指名打者 | 2年ぶり2度目 |
ゴールデングラブ賞 | ||
選手名 | ポジション | 回数 |
小笠原道大 | 一塁手 | 2年連続2度目 |
センチュリーベストナイン[注 1][3] | ||
選手名 | ポジション | 備考 |
江夏豊 | 投手 | 球団OB |
落合博満 | 二塁手 | 球団OB |
張本勲 | 外野手 | 球団OB |
オールセンチュリーチーム[3] | ||
選手名 | ポジション | 備考 |
大下弘 | 外野手 | 球団OB |
ドラフト
[編集]→詳細は「2000年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
- 網掛けの選手は逆指名による入団
順位 | 選手名 | ポジション | 所属 | 結果 |
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1位 | 井場友和 | 投手 | 富士重工業 | 入団 |
2位 | 木元邦之 | 内野手 | 龍谷大学 | 入団 |
3位 | 加藤竜人 | 投手 | NKK | 入団 |
4位 | 中村隼人 | 投手 | 本田技研 | 入団 |
5位 | 山地隆 | 内野手 | 関西高 | 入団 |
6位 | 駒居鉄平 | 捕手 | 関西創価高 | 入団 |
7位 | 田中聡 | 内野手 | 法政大学卒 | 入団 |
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ オールセンチュリーチームにも同時選出。
出典
[編集]- ^ “年度別成績 2000年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2016年9月12日閲覧。
- ^ 『2001 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、2000年。ISBN 4-583-03599-3。
- ^ a b 『2001 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、2000年、60頁。ISBN 4-583-03599-3。
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
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優勝 | 読売ジャイアンツ | 2位 | 中日ドラゴンズ | 優勝 | 福岡ダイエーホークス | 2位 | 西武ライオンズ |
3位 | 横浜ベイスターズ | 4位 | ヤクルトスワローズ | 3位 | 日本ハムファイターズ | 4位 | オリックス・ブルーウェーブ |
5位 | 広島東洋カープ | 6位 | 阪神タイガース | 5位 | 千葉ロッテマリーンズ | 6位 | 大阪近鉄バファローズ |
:日本一 :日本シリーズ出場 | |||||||