坂東正明

坂東 正明(ばんどう まさあき、1955年 - )とは、元レーシングチーム監督、現株式会社GTアソシエイション(GTA)代表取締役社長。RACING PROJECT BANDOH会長。態度と低い声から「坂東親分」、「坂東組長」などと呼ばれ、チームも「爆走坂東組」と呼ばれる。長男は現レーシングプロジェクトバンドウ監督の坂東正敬

略歴

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北海道生まれ。大学中退後19歳でトヨタ東京カローラに入社、ジムカーナを手始めに20歳でレースデビュー。以後110サニー、27レビン耐久、ガッツパプリカKP61のレースに参戦。同時に河岸、カーショップと渡り歩き、28歳のときライトバン一つで坂東商会を設立、レーシングチューナーとして名を馳せる。

本業のレースの傍ら、テレビ、雑誌でも幅広く活動を展開中。2008年現在もGAORAスーパー耐久中継に解説者として出演している。また後進の育成も行っており、土屋圭市織戸学谷口信輝など、レース業界では少数派の、カート経験の少ない走り屋出身のレーサーを起用する特徴がある。

2007年には債務超過問題が発覚したSUPER GT(旧全日本GT選手権)の運営を引き継ぎ、当時はまだ任意団体であったGTAの「GTA委員会委員長」に就任。チームの監督は正敬が代行する。2008年4月にGTAが正式に法人化されたことに伴い、初代社長に就任した。

2008年8月19日、坂東正明がGTA代表取締役に専念するため、有限会社坂東商会・株式会社レーシングプロジェクトバンドウの経営を正敬に譲る。

エピソード

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  • 他チームのマシンが原因でレースをリタイアした場合にそのチームのガレージに怒鳴り込む事も多々あり、「坂東組長」の名に恥じない活躍もしている。あるレースでリタイアの原因になったホイール(接触されて凹んでいる)を相手チームのガレージに持って行き、怒号と一緒に放り投げ、カランカラン…カランカランカラン……と静まりかえったガレージに響き渡らせた。(『激走!GT』で土屋圭市がコメント)
  • 趣味は魚釣りである。腕前もプロ級でフィッシング雑誌の表紙を飾った事もある。(つり情報 №688号)
  • 20年程前、『ビートたけしのスポーツ大将』というTV番組でたけし軍団がレース参戦するコーナーを担当。つまみ枝豆ピットロードでクラッシュするなど散々な結果となった。
  • 首都高バトルを土屋圭市と連名で発売した。

外部リンク

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