小西業茂
小西 業茂(こにし なりしげ、嘉永4年〈1851年〉3月 - 1906年〈明治39年〉5月25日)は、日本の実業家、武道家。幼名は新太郎、のち茂十郎。11代目小西新右衛門。
経歴
[編集]実業家
[編集]摂津国伊丹の酒造業者小西家は大名貸も行う豪商であった。業茂は明治11年(1878年)、11代目小西新右衛門を襲名し家督を継ぐ。その後日本銀行監事、真宗信徒生命保険取締役社長、日本貯金銀行頭取、起業銀行監査役、伊丹銀行筆頭株主、起業貯金銀行監査役を歴任する。同時に鉄道事業に参画し、山陽鉄道、川辺馬車鉄道(小西壮二郎名義)、摂丹鉄道(小西壮二郎名義)、阪鶴鉄道、阪神電気鉄道に発起人として出資した。
武道家
[編集]明治2年(1869年)、小西家の道場を一般に公開する。明治18年(1885年)、道場名を修武館と改め、館長を務める。真貝忠篤、富山円、美田村顕教らを師範として招き、剣術などを修練していた。明治28年(1895年)、大日本武徳会創立発起人となった。平成17年(2005年)、全日本剣道連盟剣道殿堂に顕彰された。
栄典
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『月刊剣道日本』1985年12月号 聞き書き剣道史28、スキージャーナル
- 『月刊剣道日本』2002年7月号 剣道歴史紀行第46回、スキージャーナル