漸近展開(ぜんきんてんかい、英: Asymptotic expansion)とは、与えられた関数を、より簡単な形をした関数列の級数として近似することをいう。テイラー展開は漸近展開の特別な場合であるが、漸近展開で得られた級数の値は、必ずしも元の関数の値に収束するとは言えない。しかし、関数の性質を調べる際、元の関数の形では扱いが難しい場合、漸近展開によって元の関数を級数の形で近似することにより、関数の性質が得られることがある。漸近展開は解析学 (例えば複素解析[1]や特殊関数に対する数値解析[2]など) では重要な手法の一つであり、確率論の基礎として用いることがある[3]。
関数 を定義域が実数の領域で定義された関数とし[注釈 1]、 を の定義域内の点とする。
関数列 が次の条件を満たすとき、漸近関数列という。
実数列 が存在して、任意の正整数 n に対し
が成立するとき、
を の漸近級数といい、
と表す。
さらに、漸近級数が次の条件を満たすとき、ポアンカレの意味での漸近級数または狭義の漸近級数という[4]。
- 任意の正整数 n、 の定義域内の x に対して
- が成立する。
漸近関数列が または の形の漸近級数を、漸近冪級数という。
与えられた漸近関数列を用いて、 の漸近級数を得ることを漸近展開といい、 の漸近級数 が存在する場合、 は漸近展開
を持つという。
任意の関数 に対して、 に対する漸近級数は存在しても唯一とは限らない。例えば
しかし、与えられた漸近関数列に対する漸近級数は存在しても唯1つしか存在しない。従って、ある点でテイラー展開された冪級数は、その点での唯一の漸近冪級数である。
さらに、漸近級数の各係数は
で与えられる。
点 の近傍で定義された関数 は、漸近関数列 に対する漸近展開
を持つとする。このとき、任意の α、β に対して
が成立する。
さらに、漸近関数列が である場合、
が成立する。
一般に、関数を無限級数で表したとき、項別微分した関数が元の関数を微分したものと一致しない様に、漸近級数も項別微分した級数は、元の関数を微分した関数の漸近展開になるとは限らない。 項別微分した関数が漸近展開したものにあるかは、元の関数や漸近関数列によって決まる。
漸近関数列 は各 n に対して、 の近傍で微分可能であり、関数列 が漸近関数列である場合、以下のことが成立する。
は、 の近傍で微分可能であり、
となる漸近展開を持ち、 が漸近関数列 を用いて漸近展開することができるのであれば
が成立する。
とし、 の漸近展開を
とする。定積分
が各 n に対して存在するならば、
が存在して、
が成立する。
のときは、漸近関数列によっては上式のままではうまくいかない。 例えば、漸近級数が漸近冪級数
を持つ場合、
とする必要がある。
ガンマ関数は
という漸近展開を持つ。特に、x が正整数のときは階乗の漸近展開を与え、スターリングの公式よりも精密な近似級数になっている[5]。
合流型超幾何関数 (en:confluent hypergeometric function):
は次の漸近展開を持つ[6][7][8]。
は複素数の偏角であり、はポッホハマー記号[9]である。
誤差関数
は、以下の様な漸近展開を持つ[10]。
指数積分
の漸近展開は、
で与えられる。
を何回でも微分可能な関数としたとき、 のラプラス変換
の漸近展開は、
で与えられる。
微分方程式
の解は
で与えられ、
。
という漸近展開を持つ。しかし、上式の右辺は任意の で収束しないが[注釈 2]、右辺の級数は上記の微分方程式を満たす。
求積法等で厳密解を求めることが出来ない微分方程式に関しても、漸近展開によって近似解を得られる場合があり、これにより解の挙動を調べることができる。
調和級数は
という漸近展開を持つ[11]。ここで、はオイラー・マスケローニ定数、はベルヌーイ数である。
- ^ 漸近展開は複素数の領域にも拡張することができるが、ここでは定義や結果等を簡単にするため、実数の領域に限定する。
- ^ 各 x に対して、最初の数項(項数は x に依存する)までの和を取れば、積分表示された解のいい近似を与える。
- ^ Ablowitz, M. J., & Fokas, A. S. (2003). Complex variables: introduction and applications. en:Cambridge University Press.
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- ^ 伏見 p. 22
- ^ 伏見 p. 27
- ^ 伏見 p. 24
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