石川迪夫
石川 迪夫 いしかわ みちお | |
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生年月日 | 1934年3月2日(90歳) |
出生地 | 兵庫県 |
出身校 | 東京大学工学部 |
前職 | 日本原子力技術協会理事長 |
現職 | 日本原子力技術協会最高顧問 |
在任期間 | 2008-03-25 - |
石川 迪夫 (いしかわ みちお、1934年3月2日 - )は、日本の原子力工学者。原子力発電とその溶融、廃炉、安全性を専門とする。現在は日本原子力技術協会最高顧問である。
経歴
[編集]兵庫県に生まれる。東京大学工学部卒業後、1957年(昭和32年)日本原子力研究所へ入所。安全解析部長、動力試験炉部長、東海研究所副所長などを経て、1991年(平成3年)より北海道大学工学部教授となる。退官後、2005年(平成17年)4月13日から2008年(平成20年)3月15日まで日本原子力技術協会の初代理事長を歴任、理事長退任と同時に同協会の最高顧問へ就任した[1][2]。
1972年 東京大学より工学博士号を得る。論文の題は「暴走出力により誘起される即発性減速材加熱効果の解析」[3]。
人物
[編集]発言
[編集]- 福島第一原子力発電所事故において2011年(平成23年)5月12日に東京電力が「燃料が形状を維持せず、圧力容器下部に崩れ落ちた状態」と説明した1号機の炉心の状態について、「冷やされているので再臨界などの可能性はない」としながら「燃料棒が溶け落ちたという点では、米国のスリーマイル島原発事故と同じ状況だ。圧力容器の内部は非常に高温で、溶けた燃料棒は圧力容器の下部でラグビーボールのような形状に変形しているのではないか」とみている、と、毎日新聞により報じられた[4]。
著書
[編集]- 「原子炉解体:安全な退役のために」講談社 1993年 ISBN 9784062064194
- 「新装版 原子炉解体 廃炉への道」講談社 2011年 ISBN 978-4062170253 「原子炉解体」の改定版
- 「原子力への目」 日本電気協会新聞部 2005年 ISBN 9784902553215
- 「原子炉の暴走―SL‐1からチェルノブイリまで」 日刊工業新聞社 1996年 ISBN 978-4526038457
- 「原子炉の暴走:臨界事故で何が起きたか」 日刊工業新聞社 2008年 ISBN 9784526060434 「原子炉の暴走」の改定版
- 「炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」 日本電気協会新聞部 2014年 ISBN 978-4905217343
脚注
[編集]- ^ 日本原子力技術協会 (2005年4月13日). “有限責任中間法人 日本原子力技術協会 設立総会を開催”. 新着情報一覧(2005年度分). 日本原子力技術協会. 2011年5月14日閲覧。 “理事長役員人事の確認”
- ^ 日本原子力技術協会 (2008年3月25日). “日本原子力技術協会 臨時社員総会を開催”. 新着情報一覧(2007年度分). 日本原子力技術協会. 2011年5月14日閲覧。 “理事長役員人事(最高顧問への就任を含む)の確認”
- ^ 博士論文書誌データベース
- ^ 中西拓司; 足立旬子; 岡田英 (2011年5月13日). “福島第1原発:1号機圧力容器に穴 工程表の前提崩れる” (日本語). 毎日jp (毎日新聞) 2011年5月13日閲覧. "圧力容器の状況について、2011-05-13 0:56(JST)初出、最終更新 2011-05-13 1:19(JST)の版より。"