(まつり)は、多義語であり、元の意味は神仏祖先をまつる行為や儀式を指し、特定の日に供物をささげて祈願感謝、あるいは慰霊すなわち霊を慰めることなどを行うことを主に指し、この意味では祭祀(さいし)、祭礼(さいれい)、祭儀(さいぎ)とも言うが、現在では映画祭、陶器まつり、着物まつりなど、業界団体や商店街などが祝賀・記念・商売・宣伝などのために定期的に行う催事、あるいは大学で学生が毎年行う大学祭や高校で行われる文化祭など、神仏や先祖とは無関係な催事も含めて、広く祭りという。

なおまつりの漢字の表記(祀り・祭り・奉り・政りなど)によって、意味合いが異なる(詳細は後述)。当項目ではまず、元の意味、すなわち歴史の古い祭りから説明し、現代的な、神仏や先祖や宗教とは無関係な催事については項目の最後で説明する。


概要

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祭祀・祭礼の形は、世界各地で多様な形を示す。

キリスト教仏教などの世界宗教にも祭礼がみられるが、教義より儀式慣習によるところが大きい点で、祭の要素は、本質的に民族宗教に顕著であるともいえる。キリスト教の復活祭ボロブドゥール遺跡で行われているワイシャックのように、キリスト教・仏教などの世界宗教に基づく祭りもある。一方、アングロ・サクソン諸国ハロウィーンなどのように、世界宗教以前の信仰に基づくものや世界宗教が伝来した各地で習合した形で伝わっている事例もある。

祭祀・祭典はあらゆる地域・文化・宗教において行われている。祭祀と祭礼に厳密な区分はなく、便宜的な区分である。

現代の最大規模の祭は、ドイツのオクトーバーフェストであり、毎年約600万人ほどの人を集める。 近代オリンピックは平和の祭典であり、その開会式を世界の人々が視聴する。2008年の北京オリンピックの開会式は20億人以上が視聴し[1]、2012年のロンドンオリンピックの開会式は9億人が視聴した[2]

歴史

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原初的形態

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原初の祭は、一つの信仰に基づいていたと考えられる。すなわち、豊穣への感謝・祈りであり、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』では、生命の死・再生を通して考察された。狩猟社会では、狩猟儀礼[3]という獲物を捧げ豊猟を祈願する儀礼があり、熱帯の密林でもサバンナでも寒帯の森林でも氷原でも、共通するのは野獣の主、森の主、海の主など、《主(ぬし)》に対する信仰である。《主》は野獣界を支配しており、野獣を狩猟者のもとへ派遣して狩らせており、の成否は《主》の意向にかかる、と考え、《主》の多くは熊、ヒョウ、大蛇などそれぞれの土地の猛獣の形をとるが、それは仮装した姿にすぎず、本来は人間と同じ姿形で人間同様の生活を送っているとされ、人間は《主》に直接話しかけることができると信じ、万物に物質的実体と霊があり、野獣にも肉体と霊があり、肉体は死して滅びるが霊は不滅だと考える[3]熊送りも一例であるが、狩猟社会では祭壇に動物の生贄を捧げる形式もある。一方、農耕社会においては収穫祭が古いものであり、ともに命によって豊穣を得られる信仰が窺える[注釈 1]。『金枝篇』に載せられている例でいえば、ヨーロッパのキリスト教以前の色を濃く留めている風習の一つで、収穫した穀物を使い人形状のパンまたはクッキー(人体の象徴)を作り、分割する祭礼があり、聖餐との類似が指摘できる。

古代ギリシャでは、エレウシスの秘儀があった。古代ギリシャの「ディオニュソス祭」はディオニュソスに捧げられる祭であり、ギリシア悲劇を上演する祭典であった。マイナス (ギリシア神話) も参照。ゼウス神に捧げられる古代オリンピックも行われた。

日本語の「まつり」の語源と原義

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「まつり」という言葉は「祀る」の名詞形で、本来は神を祀ること、またはその儀式を指すものである。この意味では、個人がそういった儀式に参加することも「まつり」であり、現在でも地鎮祭、祈願祭などの祭がそれにあたる。日本は古代において、祭祀を司る者と政治を司る者が一致した祭政一致の体制であったため、政治のことを政(まつりごと)とも呼ぶ。

「まつり」や「まつる」という古語が先であり、その後、漢字の流入により「祭り」・「奉り」・「祀り」・「政り」・「纏り」などの文字が充てられた。現在は「祭りと祀り」が同義で「祀りと奉り」が同義ともいわれるが、漢字の由来とともに意味も分かれているので下記に記す。

祀り」は、(みこと)に祈ること、またはその儀式を指すものである。これは祀りが、祈りに通じることから神職やそれに順ずる者(福男福娘弓矢の神事の矢取り)などが行う「祈祷」や「神との交信の結果としての占い」などであり、いわゆる「神社神道」の本質としての祀りでもある。この祀りは神楽(かぐら)などの巫女太神楽などの曲芸獅子舞などであり、広く親しまれるものとして恵比寿講などがある。その起源は古神道などの日本の民間信仰にもあり、古くは神和ぎ(かんなぎ)といい「そこに宿るが、荒ぶる神にならぬよう」にと祈ることであり、それらが、道祖神地蔵供養塔としての建立や、手を合わせ日々の感謝を祈ることであり、また神社神道の神社にて祈願祈念することも同様である。

祭り」は御霊(みたま)を慰めるもの(慰霊)である。「祭」は、漢字の本来の意味において葬儀のこと[要出典]であり、現在の日本中国では祭りは正反対の意味と捉えられているが、慰霊という点に着眼すれば本質的な部分では同じ意味でもある。古神道の本質の一つでもある先祖崇拝が、仏教と習合(神仏習合)して現在に伝わるものとして、お盆(純粋な仏教行事としては釈迦を奉る盂蘭盆があり、同時期におこなわれる)があり、辞書の説明では先祖崇拝の祭りと記載されている。鯨祭りといわれる祭りが、日本各地の津々浦々で行われているが、それらは、鯨突き(捕鯨)によって命を落としたクジラを慰霊するための祭りである。

奉り」は、奉る(たてまつる)とも読む。献上や召し上げる・上に見るなどの意味もあり、一般的な捉え方として、日本神話の人格神(人の肖像と人と同じような心を持つ日本創世の神々)や朝廷公家に対する行為をさし、これは、神社神道の賽神の多くが人格神でもあるが、皇室神道に本質がある「(みこと)」に対する謙譲の精神を内包した「まつり」である。その起源は、自然崇拝である古神道にまで遡り、日本神話の海幸彦と山幸彦にあるように釣針(古くはも釣針も一つの概念であった)や弓矢は、(さち)といい神に供物(海の幸山の幸)を「奉げる」神聖な漁り(いさり)・狩り(かり)の得物(えもの・道具や神聖な武器)であった。古くから漁師猟師は、獲物(えもの)を獲る(える)と神々の取り分として、大地にその収穫の一部を還した。このような行いは、漁師や猟師だけに限らず、その他の農林水産に係わる生業(なりわい)から、現在の醸造酒造など職業としての神事や、各地域の「おまつり」にもあり、地鎮祭上棟式でも御神酒(おみき)や御米(おこめ)が大地に還される。

政り」については、日本は古代からの信仰や社会である、いわゆる古神道おいて、祭祀を司る者(まつり)と政治を司る者(まつり)は、同じ意味であり、この二つの「まつり」が一致した祭政一致といわれるものであったため、政治のことを政(まつりごと)とも呼んだ。古くは卑弥呼なども祭礼を司る巫女や祈祷師であり、祈祷や占いによって執政したといわれ、平安時代には神職が道教陰陽五行思想を取り込み陰陽道陰陽師という思想と役職を得て官僚として大きな勢力を持ち執政した。またこうした政と祭りに一致は中央政府に限らず、地方や集落でも、その年の吉凶を占う祭りや、普請としての祭りが行われ、「自治としての政」に対し資金調達や、吉凶の結果による社会基盤の実施の時期の決定や執政の指針とした。

なお、日本の祭について英語で紹介する場合、「フェスティバル」・「リチュアル」・「セレモニー」がそれぞれ内容に応じて訳語として用いられる。

各宗教の祭

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宗教の祭礼を中心に説明する。

道教の祭

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道教は多神信仰の宗教であり、三清を最高神とし、「神」と「仙」の2種類がいて、ヒエラルキーがあると考える宗教で、道教には斎醮儀礼というものがある。死者供養では、赦し状を天から得て地獄に送り届ける儀礼や、地獄の門を破って中から死者を救い出す儀礼も行われる[4]

神道の祭

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#神道の祭で説明。

ユダヤ教の祭

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ユダヤ教では年間を通じて様々な祭りがある。

角笛吹きの祭り贖罪の日大祭日である。過越祭(ペサハ)と七週の祭り(シャブオット)、仮庵の祭り(スコット)は三大祭である。

ユダヤ教の祭り
角笛吹きの祭角笛
M. Gottlieb画、贖罪の日で祈るユダヤ人(1878)
光の祭り八枝の燭台

キリスト教の祭

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ベネディクト16世によるミサ
リヴィウでの正教会復活大祭の光景。司祭が信徒の持ち寄った、クリーチが入ったバスケットを成聖している。キリスト教でも「祭」は聖堂内の儀礼に限定されない。

キリスト教においては、毎週日曜日をはじめとした教会の定める祭日(教会暦において、日曜日は主日と呼ばれる祭日である)に礼拝が行われ、賛美や祈祷とともに主の晩餐に基づくパンとワインの分かち合いが行われる。これを正教会では聖体礼儀カトリック教会ではミサ(聖体祭儀)聖公会プロテスタントでは聖餐式と呼ぶ。これらはキリスト教の祭の一種であるが、キリスト教では「祭祀」という言葉は用いられない。また主の晩餐を伴う礼拝の他にも、様々な礼拝・祈祷がある。

ただしキリスト教においても、降誕祭にはクリスマス・パーティ、受難節にはキリストの道行きを再現するパレード、復活祭には卵探しなどのイースター・パーティーが行われるなど、祭の局面は礼拝・儀礼・祈祷に限定されない。正教においては、が解かれた後の祭(降誕祭や復活大祭など)に御馳走を用意してこれを皆で食べるパーティを行ったり、十字行と呼ばれる行進を街中で行ったりする習慣もある。

復活祭・降誕祭などの重要な祭日名をはじめとして、司祭聖体祭儀などの表現にも「祭」の概念・表現がみられる。

日本語訳聖書中においても、旧約聖書新約聖書の両方に「祭」の翻訳がなされている。ただし、日本聖書協会口語訳聖書では「祭」と表記されているが、新共同訳聖書においては「祭り」と表記されている。

[5]正教会(ギリシャ正教)の一員たる日本正教会は、日常用語においても各種著作物においても、「祭」(まつり)もしくは「お祭」(おまつり)との言葉を単独で使う事を全く避けない。祭と(ものいみ)、祭日(さいじつ)と斎日(ものいみび)というように、喜ばしい時(祭)と、自らを喜ばしい時に備える時(斎)とを対比させるリズムは正教会の伝統に組み込まれて日常生活の規範となっており、これを説明する際に「祭」の語・概念が多用される。代表的な例として、正教会で最大の祭である復活大祭と、それに自らを備える期間である大斎(おおものいみ)がある。

同様のリズムの伝統は正教会に限らず、西方教会カトリック教会聖公会など)においても復活祭大斎の形などにみられる。しかしながら殆どのキリスト教諸教派においては、日常用語として「祭」(まつり)という言葉は単独ではあまり用いられない傾向がある。「祭」の語を単独で用いる傾向が強いのは一部の例外を除き、殆ど日本正教会のみとなっている。

イスラームの祭

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預言者生誕祭。パキスタンにて

イスラームでは、カーバ神殿に対して礼拝するサラートがある。

日を定めたものとしては、ムハンマドの生誕を祝う預言者生誕祭ラマダーン終了後のイド・アル=フィトルイブラーヒーム(アブラハム)が息子を犠牲に差し出そうとした日を祝うイード・アル=アドハー(犠牲祭)などがある。

イスラームの祭祀はほぼこの2つしか存在しない。四季があり、神道と日本仏教の影響を受けていることから数多くの祭祀が存在する日本と比べると、一神教の祭祀に対する関心は薄い[6]


ヒンドゥー教の祭

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ヒンドゥー教には、ホーリー祭ダシェラ祭en:Dussehra)、ディワーリー祭en:Diwali)という三大祭がある。


仏教の祭

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仏教各宗派共通で行われているものとしては、降誕会成道会涅槃会がある。

日本仏教で行われている祭については、#日本仏教の祭の節で説明。

各国の祭

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それぞれの国における祭の詳細を説明する。

日本の祭

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京都八坂神社祇園祭。疫病退散を祈願する。前祭山鉾 御池通巡行/2017年7月17日撮影。
日本の祭り/露天の夜店が立ち並ぶ。
西条祭りだんじり
青森ねぶた祭ねぶた

日本の祭礼は、神道の影響を受けているものが多いが、神道以前から存在する民間信仰色の強いものも多く、道教の信仰・習俗の影響を受けているものも多く、仏教に基づくものもあり、神道と仏教の両方の影響を受けているものもある。

現在一般的な意味での祭は、神社や寺院をその主体または舞台として行われることが多い。その目的や意義は、豊作の「五穀豊穣」を始め、「大漁追福」、「商売繁盛」、「疫病退散」、「無病息災」、「家内安全」、「安寧長寿」、「夫婦円満」、「子孫繁栄」、「祖先崇拝」、「豊楽万民」、「天下泰平」などを招福祈願、厄除祈念として行われるもの、またはそれらの成就に感謝して行われるもの、節句などの年中行事が発展して行われているもの、偉人の霊を慰めるために行われるものなど様々である。その目的により開催時期や行事の内容は多種多様なものとなっている。また同じ目的、祭神の祭りであっても、祭祀の様式や趣向または伝統などが、地方・地域ごとに大きく異なる場合も多い。

祭の目的が時代の変化によって参加者達の利害とは離れてしまったものも多く、行事の内容も社会環境の変化等により変更を余儀なくされた祭もある。それらの結果、祭を行うことそのものが目的に成り代わっているような、目的から考えると形骸化した状況の祭も多い。このため、全くの部外者や、見物する者や参加する者という当事者にとっても「祭=楽しいイベント(お祭り騒ぎ)」という程度の認識しか持たれないことが多く、祭のために仕事を休むということは、例えば葬儀のためにということなどと比べると遥かに理解が得られにくい状況にある。

一般的に神社における祭礼には、神輿(神様の乗り物)をはじめとして山車太鼓台だんじりなどの屋台などが出されることが多く、これらは地方によって氏神化身とみなされる場合や、または神輿を先導する露払いの役目を持って町内を練り歩き、それをもてなす意味で沿道では賑やかな催しが行われる。また、伝統などの違いにより例外もあるが、多くの祭りにおいては工夫を凝らした美しい衣装や化粧厚化粧を施して稚児巫女手古舞踊り子祭囃子行列等により氏子が祭礼に参加することも多い。今日では世俗化も進んでいるが、今なお祭の時は都市化によって人間関係の疎遠になった地域住民の心を一体化する作用がある。変わりない日常の中に非日常の空間を演出することによって、人々は意味を実感する営みを続けてきたのである。

基本的に神事としての祭りは厳粛な場面と賑やかな場面の二面性を持ち、厳粛な場面では人々は日常よりも厳しく、伝統や秩序を守ることを要求される。しかし一方で、日常では許されないような秩序や常識を超えた行為(ふんどし一丁、男性の女装等)も、「この祭礼の期間にだけは」伝統的に許されると認識する地方が多く、そのため賑やかな場面を指して「お祭り騒ぎ」などの言葉が派生している。

神道仏教の両方の影響を受けた神仏習合の色が濃いものとしては、土着の祖霊信仰言霊呪術性を帯びた念仏踊りを取り入れた盆踊りがあり、習合した盂蘭盆会に繋がる。また、神事から発達した田楽猿楽などがなど後の日本中世伝統芸能を形作る素地となった。

  • 祭りの呼称

「祭」は様々な種類のものが各地で行われているため、ある地域で祭と言っても、どこのどの祭を指しているのか判断しにくい。このような場合、その祭が行われる地域名と、祭礼の行事の内容や、出し物の名前を指す名称を、組み合わせた名前で呼ばれることが多い。ただし、その祭の行われる地域の中では、正式な名称を短略化して呼ぶことも多く、時としては、行われる寺社などの名称に「(お)○○さん」または「(お)○○様」などの敬称愛称をつけ、簡略化した祭りの通り名もある。

神道の祭

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神道の祭祀
神道の新嘗祭

祭祀は、神社神道の根幹をなすものである。神社に鎮座する神霊、および神霊が宿る御神体に対し、儀礼が行われている。これが神社神道における祭祀である。神霊をその場に招き、神霊を饗応し、神霊を慰め、人間への加護を願うものである。さまざまな儀礼・秘儀が伴うこともある。

建築祭礼

朝廷や幾内を中心とする社寺に属した技術者が陰陽道の知識を深く保持し、特に法隆寺や四天王寺などに属した大工は、流派を形成し、その技術と知識は秘伝として口伝にて継承していた、と建築史学者内藤昌が文献に記載している。陰陽道として、神道仏道道教と深く関わっており、建築儀礼、及び祭祀において、建物やその住まい手の繁栄を祈願する儀式、祭祀がおこなわれてきた。 1981年(昭和56年)に番匠保存会が設立され、現在も京都、奈良において番匠(位の高い大工)による秘儀、建築祭礼の秘伝の伝承、継承は続いており、現在でも春日大社興福寺などの造営では、番匠棟上槌打という建築祭礼、建築儀式が行われている。

日本仏教の祭

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寺院において、仏像・仏塔・名号本尊・曼荼羅を用いて儀礼が行われている。通常は仏事・法要・供養などと呼ぶ。釈尊が生きていた時代には、祭祀の対象となるものは存在していなかったがその後は仏像・仏塔が登場し仏像や仏塔に対する儀礼が成立したので、日本に仏教が伝わったときにはすでに仏教的な儀礼が存在していた。

花祭り
花祭り。灌仏会かんぶつえとも。

花祭りは灌仏会かんぶつえ降誕会ごうたんえとも言い、4月8日に誕生仏(釈迦像)を囲った小さなお堂、花御堂はなみどうが安置され、参拝者は誕生仏と呼ばれる仏像に甘茶をかけてお祝いをする。甘茶を浴びせるので浴仏会よくぶつえとも言う。灌仏会の「灌」も同じ意味である。花御堂の周囲に色とりどりのきれいな花が大量に供えられることも多い。この花祭りは、仏教各宗派で広く行われており、特定の宗派によるものではない[7]。インドで行われ、中国で大々的に行われるようになったあと日本に伝わり、日本で最初の花祭りは西暦606年に奈良県の元興寺で行なわれたものだとされている[7]。花祭りで使われる甘茶は、ユキノシタ科のアマチャという木の葉を蒸して揉んで乾燥させてから煎じたお茶である[7]。砂糖を入れなくても自然な甘みがあり、漢方薬としても使用されているもので、健康に良いとされ、花祭りの会場で甘茶が参拝者に振る舞われることもある[7]

ドイツの祭

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ドイツではオクトーバーフェストが最大規模であり、また世界最大規模の祭でもあり、毎年約600万人を集める。

インドネシアの祭

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インドネシアでは、トラジャ族による大規模な葬祭が知られ、首狩りとの関連も指摘される。ボロブドゥール遺跡ワイシャック

複数の国をまたぐ祭り

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  • クリスマスイースターは、世界各地のキリスト教文化圏の祭礼である。ただしアメリカや日本などではクリスマスは世俗化してイベント化している。
  • 感謝祭(Thanksgiving day) - 北米で祝われる。アメリカでは毎年11月の第4木曜日、カナダでは毎年10月の第2月曜日に祝われる。
  • カーニバル(謝肉祭)。主にカトリック国で四旬節の直前の期間に行われる、お祭り騒ぎ。宗教的な意味があるわけではなく、むしろその反対の動機で行われており、かつて肉食や良くない行いを控えるという規則が定められていた四旬節の直前に、世俗をむき出しにして、羽目を外して乱痴気騒ぎをするようになったことが直接の起源。
  • ハロウィンは、キリスト教とは無関係であり、イギリスのイングランドやウェールズなどのペイガニズムに起源を持つ世俗的な祭りであり、イギリス系の移民によりアメリカ合衆国にも広がった。キリスト教とは無関係であり、カトリックの総本山のバチカンのあるイタリアや南ヨーロッパではほとんど行われない。
  • フェスティバル - その他の宗教的な祭りや商業的な催しもの。伝統的では、ないものも含め世界各地で様々なスタイルで行われる。観念や日本の語彙としては「催しもの」といったほうが近い。


非宗教的な催事

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現代では、先祖や霊などは抜きで、定期的に人が大人数集まって行う行事も祭である。

高校の文化祭
三田祭。慶應義塾大学の大学祭
映画祭のレッドカーペット
  • 近代オリンピック - 平和の祭典。フランスの教育学者クーベルタン男爵の「スポーツによる青少年教育の振興と世界平和実現のために古代オリンピックを復興しよう」という呼びかけに応じて、古代オリンピックが19世紀に復興され、世界中からオリンピアンが集う祭典に成長した。4年のオリンピアードのサイクルで、夏のオリンピックと冬のオリンピックが開催される。あくまで平和のための祭典であり、侵略戦争を行っている国は参加が認められない。
  • 学生主体で毎年行う催事
    • 中学、高校などの文化祭 - 中学や高校の生徒が主体となって、展示・講演・演奏・演劇上演などを催す行事。保護者を中心に他校の生徒も訪れる。
    • 大学の大学祭 - 大学生が主体となって行い、学外の人々、一般市民も多く訪れる。
  • 芸術の祭りen:Arts festivals
    • 芸術祭
    • 映画祭 - 映画業界の祭典であり、新たに制作された映画作品の上映を行い、優れた作品の選考・表彰を行い、映画作品を売り込む側と劇場で上映するために映画作品を買い付ける側が出会い商談を行う市場機能も備えている。
    • 音楽祭 - 期間を定めて音楽演奏会を集中的に行う祭。
  • その他、特定地域の特定業界の祭り
    • 神田神保町の古書祭り - 神保町の古書店業界の祭。神保町に古書店が集中し古書店街が形成されており、「春の古書まつり」など、定期的に祭が開催され、「古書のワゴンセール」など古書の安売りや、甘酒無料配布や音楽演奏会などが行われる[8]
    • 横浜中華街の祭り。横浜の元町に中華料理店が集中し、大規模な中華街が形成されており、春節の祭(旧暦の正月の祭)など、一年に数度、中国の伝統の祭が開催される。
  • 特定の企業が、特定期間に集中的に行うセール、値引き販売、販売推進活動。感謝祭などと命名されることもある。
    • Amazonプライム感謝祭 - 毎年夏にプライム会員限定を対象に行われる特別なセール。
    • 楽天大感謝祭 - 毎年12月に行われる、ポイントが当たるゲーム、タイムセール、割引クーポンなどがあるイベント。
    • ヤマザキ春のパンまつり
  • 地域まつり、都市まつり。「-まつり」「-フェスティバル」などと命名されているものが多い。
    浜松まつり博多どんたくYOSAKOIソーラン祭り浅草サンバカーニバルひろしまフラワーフェスティバルなど。
  • 文化施設においてのまつり
    Bunkamura水戸芸術館など。

比喩、転用 等

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  • インターネットスラング
    一部の電子掲示板で、特定のスレッドが異常な盛り上がりを見せ、流れが通常よりも速くなっている状態を(お)祭りという。その他のインターネットスラングとしての「祭り」は炎上といわれるものがあり、特定の団体や個人による不祥事や不穏当発言などに対する、中傷や非難や批判が多いが、ネットいじめ(祭り上げられる)といった悪意の迷惑行為、または社会に対する不安や批判などの発露であり、それに呼応したり尻馬に乗るなどの野次馬や、一家言を持つ人々がインターネット上の様々な場所で、意見や議論を拡散・増大させ、いわゆるネット上の「祭り」といわれる状態に更になっていく様をいう。
  • 魚釣り
    隣り合った釣り人の、仕掛け、糸などが絡まることをお祭りという。他人の糸、仕掛けに関係なく自分自身の糸、仕掛けがからまってしまう事を手前祭りという。
  • 子作り・子宝
    性交を指す例え。江戸時代浄瑠璃の一節や柳樽(やなぎだると読み、柳多留とも表記する)という雑俳(巷から集めた俳句)の書籍のなかに「祭り」を男女の性行為の例えとして用いている表現がある。また古神道においては、子宝子作り信仰と言われるものがあり、子作りは、新しい氏子の誕生の場であるところから、性行為を「祭り」と言うようになったともいわれる。古神道には、常世(とこよ)と現世(うつしよ)という世界観があり、常世は神域や神の国をあらわすが、一説には常世は床世(床は性行為の意味もある)であり、性行為は神域で行われる(若しくは神域へ誘う)神聖なものとする考え方がある。

季語

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季語としての(まつり)は、の季語(三夏の季語)である[9]。分類は行事/人事[注釈 2]。季語「祭」の初出[注釈 3]は、野々口立圃によって寛永13年(1636年)に刊行された俳諧論書『はなひ草』(「花火草」「嚔草」とも記す)においてであった[9]。すなわち、江戸時代初期の、史上初めて印刷公刊された俳諧の式目・作法の書に記載された。季語・季題の世界で、単に「祭」といえば、江戸京都大坂などといった都市部の神社で執り行われる夏祭を指す[9][10]。古来、夏は疫病が発生しやすく、それをもたらす元凶と信じられていた怨霊を鎮めたり祓ったりすることは人々の切実な願いであり[9][10]、その思いを籠めて行うのが夏祭であった[9]。災禍を遠ざけてくれる神様が降臨するのは夜と考えられていたため、祭はたいてい宵宮から始められる[9]。このような習俗を背景として、夏は祭の季節、夏の祭は夜行われるもの、そしてまた「祭」といえば第一に夏祭を指すようになった[10]。俳諧・俳句の世界でもそれに伴い、「祭」は「夏祭」を意味する季語となり[10]、一方で、の祭は「春祭」、の祭は「秋祭」と、季節名を冠することで季語として用いられるようになった[10]。なお、現代の夏祭には悪疫退散を祈念するところの全く見られない単なる“夏の催事(サマーイベント)”も数多く見られるが、そういったものに季語「祭」および「夏祭」を当てたとしても、間違いとまでは言えない。あるいはまた、依って立つ文化が日本古来の祭と全く異なる日本国外の祭を対象として季語「祭」を用いることも、これを認めないという考え方は、少なくとも一般的でない。

  • 例句:象潟さきかた料理れうり何食ふ かみまつり ─ 河合曾良おくのほそ道(奥の細道)』(1702年〈元禄15年〉刊)[9]
  • 例句:して 一村ひとむら起きぬ かな ─ 炭太祇 『太祇句選後編』(1777年〈安永6年〉刊)[9]
  • 例句:草の雨 の車 過ぎてのち ─ 与謝蕪村(江戸時代中期)[11]
  • 例句:万燈まんどうを 消してわびしき かな ─ 村上鬼城 『鬼城句集』(1917年〈大正6年〉刊)[9]
  • 例句:神田川かんだがは の中を ながれけり ─ 久保田万太郎[10](1925年〈大正14年〉の作。『草の丈』所収 )

「祭」を親季語とする子季語[注釈 4]は多様で数も多い。夏祭(なつまつり)、神輿(みこし)、渡御(とぎょ。意:祭礼の際の、神輿のお出まし。神輿が進むこと)、山車(だし)、祭太鼓(まつりたいこ)、祭笛(まつりぶえ)、宵宮(よいみや、よみや。歴史的仮名遣:よひみや、よみや。意:本祭の前夜に行う祭)、宵祭(よいまつり。歴史的仮名遣:よひまつり。意:宵宮と同義)、陰祭(かげまつり。意:本祭が隔年で行われる場合の、例祭の無い年に行われる簡略な祭)、本祭(ほんまつり。意:宵祭・陰祭に対して、本式に行う祭。例祭のこと)、樽神輿(たるみこし。意:神酒の空きを神輿に仕立てたもの)、祭囃子(まつりばやし)、祭提燈(まつりじょうちん)、祭衣(まつりごろも。意:祭りの装束)、祭舟(まつりぶね。意:祭りで使う[9]

  • 例句:けふ来たる サーカス銅鑼 夏祭 ─ 岸風三楼 『往来』(1949年〈昭和24年〉刊)
  • 例句:ひとの渦 おほきな神輿 のせゆける ─ 高田正子 『玩具』[9]
  • 例句:山車通りすぎたるあとの人通り ─ 清崎敏郎 [10]
  • 例句:一合いちがふの米祭太鼓かな ─ 片山依子 [10]
  • 例句:たましひ音色ねいろづる 祭笛 ─ 栗生純夫 『科野路』(1955年〈昭和30年〉刊)
  • 例句:序の調べ静かに祭囃子かな ─ 浅賀魚水 [10]

関連季語として春祭(はるまつり)と秋祭(あきまつり)が考えられるものの、歳時記には関連季語として記載されていない。なお、冬祭(ふゆまつり)は季語になっていない[12]

  • 例句:やまりて もんぺすくな春祭 ─ 石田波郷
  • 例句:石段の はじめは地べた 秋祭 ─ 三橋敏雄


脚注

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注釈

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  1. ^ ハイヌヴェレ型神話なども参照のこと。
  2. ^ 「行事」も「人事」も、ここでは、人間が行う事柄を指す。
  3. ^ 初出(しょしゅつ)とは、初めて出てくること。ここでは、「祭」という言葉が季語として初めて世に出ること。
  4. ^ ある主要な季語について別表現と位置付けされる季語を、親子の関係になぞらえて、親季語に対する「子季語」という。「傍題」ともいうが、傍題は本来「季題」の対義語である。

出典

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  1. ^ Opening Ceremony Draws 2 Billion Global Viewers”. 2024年8月3日閲覧。
  2. ^ Reuters. “London 2012 opening ceremony draws 900 million viewers”. 2024年8月3日閲覧。
  3. ^ a b 狩猟儀礼”. 20240803閲覧。
  4. ^ 浅野春二. “[https://www.kokugakuin.ac.jp/article/11342 神様との付き合い方は「取り引き」重視? 似ているようで似ていない、台湾と日本の生活習慣]”. 2024年8月3日閲覧。
  5. ^ 本段落出典:祭と斎 - 日本正教会公式サイト
  6. ^ 島田裕巳『日本人の信仰』pp.153-1456 扶桑社新書、2017年、ISBN 978-4594077426
  7. ^ a b c d 花祭り(灌仏会)とは?いつ何をする?由来や甘茶の作り方・食べ物を解説”. お仏壇のはせがわ. 2024年8月2日閲覧。
  8. ^ [1]
  9. ^ a b c d e f g h i j k 祭(まつり) 三夏”. 季語と歳時記-きごさい歳時記. 季語と歳時記の会 (2011年2月16日). 2018年2月15日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g h i 大澤水牛 (2012年). “祭(まつり)”. 水牛歳時記. NPO法人双牛舎. 2018年2月15日閲覧。
  11. ^ 日本大百科全書:ニッポニカ』
  12. ^ 祭 - 季節のことば”. ジャパンナレッジ. 株式会社ネットアドバンス (2001年7月16日). 2018年2月15日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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