福尾匠
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福尾 匠(ふくお たくみ[1]、1992年 - )は、日本の現代フランス哲学者、批評家[2]。日本学術振興会特別研究員PD(立教大学)。
経歴
[編集]2015年3月、大阪大学文学部人文学科卒業。2017年3月、大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了。2017年4月〜2020年3月、日本学術振興会特別研究員DC1(横浜国立大学)。2021年3月、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府博士後期課程修了、博士(学術)[3]。2021年4月〜、日本学術振興会特別研究員PD(立教大学)[4]。
著作リスト
[編集]著書
[編集]雑誌等掲載
[編集]- 学術論文
- 「映像を歩かせる――佐々木友輔『土瀝青asphalt』および「揺動メディア論」論」(『アーギュメンツ ♯2』同人誌、2017年)
- 「ドゥルーズ『シネマ』におけるイメージ概念の実践的価値」(『常盤台人間文化論叢』6号、横浜国立大学都市イノベーション研究院、2020年3月)
- 「ベルクソン『物質と記憶』の哲学的自我――イマージュと〈私〉――」(『表象』第14号〔表象文化論学会、2020年4月〕、月曜社)
- 翻訳
- 「リゾームと線」(アンヌ・ソヴァニャルグ)小倉拓也との共訳(『ドゥルーズ 没後20年新たなる転回』河出書房新社、2015年10月)
- 批評、美術評論
- 「思弁的実在論における読むことのアレルギー」(『現代思想』2019年1月号、青土社)
- 「〈たんに見る〉ことがなぜ難しいのか」(『談 : speak, talk, and think』116号、たばこ総合研究センター、2019年)
- 「「感じたらこの法螺貝を吹いてください」武正晴『全裸監督』(Netflix、2019年)評」(『群像』2019年11月号、講談社)
- 「Tele-visionは離れて見てね」(『文藝』2020年冬季号、河出書房新社)
- 「ポシブル、パサブル――ある空間とその言葉」(『群像』2020年7月号、講談社)
- 「ジャンルは何のために? 絵画の場合」(『美術手帖』2021年8月号、美術出版社)
- 「スパムとミームの対話篇」(『PaperC』第2号、千島財団、2021年10月)
- 「言葉と物」(『群像』2023年7月号 - 連載中、講談社)
- エッセイ
- 「ひとんちに日記を送る」(『新潮』2022年7月号、新潮社)
- 書評
- 「「やさしさはひとにだれかのふりをさせる」大前粟生『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房、2019年)書評」(『新潮』2019年5月号、新潮社)
- 「「テーゼ、テーゼ、テーゼ」江川隆男『すべてはつねに別のものである』(河出書房新社、2019年)書評」(『文藝』2019年冬季号、河出書房新社)
- 「[書評]「理系が引き出す文系の魅力」カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』(富永星訳、NHK出版、2019年)書評」(『朝日新聞』2019年11月16日朝刊)
- 「[書評]「ニック・ランドの思想:啓蒙に反旗、扇動は魅力的か」(ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』、東浩紀『観光客の哲学』、ドゥルーズ゠ガタリ『哲学とは何か』書評)」(『朝日新聞』2020年9月5日朝刊)
- 「書評『美学のプラクティス』星野太」(『群像』2022年4月号、講談社)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “福尾匠 | かみのたね”. www.kaminotane.com. 2022年2月5日閲覧。
- ^ “横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府・研究院 - 専攻・コース”. www.urban.ynu.ac.jp. 2022年2月5日閲覧。
- ^ 福尾匠『ドゥルーズの非美学——哲学と実践』(博士(学術)論文・大学院都市イノベーション学部都市イノベーション専攻)横浜国立大学、2021年3月25日。doi:10.18880/00014004。学位授与番号: 12701甲第2227号。
- ^ “プロフィール - tfukuo.com” (2021年3月22日). 2024年1月25日閲覧。
参考文献
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関連項目
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