1974年の広島東洋カープ
1974年の広島東洋カープ | |
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成績 | |
セントラル・リーグ6位 | |
54勝72敗4分 勝率.429[1] | |
本拠地 | |
都市 | 広島県広島市 |
球場 | 広島市民球場 |
球団組織 | |
オーナー | 松田耕平 |
経営母体 | 松田家(東洋工業創業者一族) |
監督 | 森永勝也 |
キャッチフレーズ | |
HOTTER BASEBALL! | |
« 1973 1975 » |
1974年の広島東洋カープでは、1974年の広島東洋カープの動向についてまとめる。
この年の広島東洋カープは、森永勝也が1年だけ監督を務めたシーズンである。
概要
[編集]森永勝也が監督に就任、さらに前年まで南海のコーチだった古葉竹識が森永の要請でチームに復帰し、またインディアンズの打撃コーチだったジョー・ルーツをコーチとして招聘したこの年、投手陣は4年目の金城基泰がこの年20勝を挙げる活躍を見せ、外木場義郎が18勝をあげたがそれに続く投手はいなかった。打撃陣ではこの年からコーチ兼任となった山本一義をはじめ山本浩司、衣笠祥雄などもそれなりの活躍を収めた。その一方で長谷川良平ヘッドコーチとルーツ打撃コーチの確執などもあり、チームは8月以降ヤクルトに抜かれて最下位に転落。結局優勝した中日に19ゲーム以上つけられて球団初の3年連続最下位となり、森永監督は1年で辞任し後任にはルーツ打撃コーチが昇格した。シーズン終了後、エース安仁屋宗八は若生智男との交換トレードで阪神へ(後に広島に復帰)、同じく主力投手の白石静生・大石弥太郎は阪急へ(大石は古巣復帰)、上垣内誠は大下剛史との交換トレードで日本ハムへそれぞれ放出された。
チーム成績
[編集]レギュラーシーズン
[編集]1 | 三 | 上垣内誠 |
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2 | 右 | 山本一義 |
3 | 中 | 山本浩司 |
4 | 一 | 衣笠祥雄 |
5 | 左 | ヒックス |
6 | 二 | マクガイア |
7 | 遊 | 三村敏之 |
8 | 捕 | 水沼四郎 |
9 | 投 | 佐伯和司 |
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 9月終了時 | 最終成績 | |||||||
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1位 | 中日 | -- | 巨人 | -- | 阪神 | -- | 阪神 | -- | 巨人 | -- | 中日 | -- | 中日 | -- |
2位 | 阪神 | 3.0 | 阪神 | 0.5 | 中日 | 3.5 | 巨人 | 2.0 | 中日 | 2.0 | 巨人 | 3.0 | 巨人 | 0.0 |
3位 | 巨人 | 4.0 | 中日 | 2.0 | 巨人 | 4.5 | 中日 | 2.0 | 阪神 | 4.0 | 阪神 | 10.5 | ヤクルト | 12.0 |
4位 | 大洋 | 5.0 | 広島 | 5.0 | 大洋 | 6.5 | 大洋 | 6.5 | ヤクルト | 10.5 | ヤクルト | 13.0 | 阪神 | 14.0 |
5位 | 広島 | 6.0 | 大洋 | 6.5 | 広島 | 7.5 | 広島 | 9.5 | 大洋 | 13.5 | 大洋 | 14.0 | 大洋 | 17.5 |
6位 | ヤクルト | 6.0 | ヤクルト | 7.0 | ヤクルト | 11.0 | ヤクルト | 9.5 | 広島 | 15.0 | 広島 | 16.5 | 広島 | 19.5 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 中日ドラゴンズ | 70 | 49 | 11 | .588 | 優勝 |
2位 | 読売ジャイアンツ | 71 | 50 | 9 | .587 | 0.0 |
3位 | ヤクルトスワローズ | 60 | 63 | 7 | .488 | 12.0 |
4位 | 阪神タイガース | 57 | 64 | 9 | .471 | 14.0 |
5位 | 大洋ホエールズ | 55 | 69 | 6 | .444 | 17.5 |
6位 | 広島東洋カープ | 54 | 72 | 4 | .429 | 19.5 |
選手・スタッフ
[編集]オールスターゲーム1974
[編集]→詳細は「1974年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
ファン投票 | 三村敏之 | 山本浩司 | |
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監督推薦 | 外木場義郎 | 金城基泰 | 衣笠祥雄 |
表彰選手
[編集]リーグ・リーダー | |||
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選手名 | タイトル | 成績 | 回数 |
金城基泰 | 最多勝利 | 20勝 | 初受賞 |
最多奪三振 | 207個 | 初受賞 |
ベストナイン | ||
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選出なし | ||
ダイヤモンドグラブ賞 | ||
選手名 | ポジション | 回数 |
山本浩司 | 外野手 | 3年連続3度目 |
ドラフト
[編集]→詳細は「1974年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
順位 | 選手名 | ポジション | 所属 | 結果 |
---|---|---|---|---|
1位 | 堂園喜義 | 投手 | 鹿児島商業高 | 入団 |
2位 | 望月卓也 | 投手 | 竹原高 | 入団 |
3位 | 高橋慶彦 | 投手 | 東京・城西高 | 入団 |
4位 | 中川惣一 | 捕手 | 福山工業高 | 入団 |
5位 | 相良憲治 | 投手 | 熊本第一工業高 | 拒否・熊本鉄道管理局入社 |
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b “年度別成績 1974年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年5月16日閲覧。
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
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優勝 | 中日ドラゴンズ | 2位 | 読売ジャイアンツ | 優勝 | ロッテオリオンズ | 2位 | 阪急ブレーブス |
3位 | ヤクルトスワローズ | 4位 | 阪神タイガース | 3位 | 南海ホークス | 4位 | 太平洋クラブライオンズ |
5位 | 大洋ホエールズ | 6位 | 広島東洋カープ | 5位 | 近鉄バファローズ | 6位 | 日本ハムファイターズ |
:後期優勝・日本一 :日本シリーズ出場 :前期優勝(パ・リーグ) | |||||||