人間の盾
人間の盾(にんげんのたて、Human shield)とは、軍事および政治用語である。
概要
[編集]敵に、目標物の内部あるいは周囲に民間人がいることを敵に知らせることにより攻撃を思いとどまらせることをいう。また人海戦術による軍事作戦において民間人に兵士の前を進むことを強制し兵士の安全を図ることもこれにあてはまる。傷病者の状態改善に関する第4回赤十字条約(ジュネーヴ条約)の締結国において禁止されている。
国際法では、人間の盾を使って軍事目標を守ることは戦争犯罪であるとみなされている。また、交戦規定においては(それを定める国の方針にもよるのだが)民間人を無暗に殺傷することを禁止しているため、人間の盾となっている「非武装の民間人」に発砲した正規軍の将兵は軍法会議において裁かれて禁固刑や軍からの追放に処せられることもあり得る。
しかし最近では一般市民や標的にされる市民を守るための反戦戦略として一般市民の志願者(ボランティア)が人間の盾を利用するということが増えている[1]。
実施例
[編集]- モンゴル帝国は捕虜を人間の盾として使用した。元寇で日本との交戦でも使用した。[2][3]
- 第二次世界大戦中にソ連、中国が使用したという実例がいくつかある。
- 同じく第二次世界大戦中に原爆投下や日本全国の空襲において、日本軍が軍事施設に民間人を近くに居住させ人間の盾にし、沖縄戦では民間人を盾にゲリラ戦を行ったとアメリカ軍は報告している[4][5][6][7]。
- イスラエル軍は2002年のジェニンの侵攻でこの戦術を著しく使っていたということが報告されている[8][9]。
- 1994年、ボスニアのセルビア人による。
- 1990年、湾岸戦争による。
- 2003年のイラク侵攻の前に、人間の盾になるために志願して標的区域に入った者がいた。日本人であると思われる者でも、戦場/環境ジャーナリストの志葉玲は「ブッシュ大統領や小泉首相に抗議」するためにイラクの首都のバグダードのドーラ浄水場に「人間の盾」として滞在していた[10]。
- 2009年、スリランカ内戦の最終局面では反政府勢力タミル・イーラム解放のトラが北部地域に追いやられ、事実上10万人以上の一般市民が人間の盾状態となった。これら市民の多くは停戦期間中(4月中旬)にスリランカ側へ脱出している。
- 2011年に始まったシリア内戦では、シリア、イラクの都市を占拠したISILが住民の脱出を許さず、シリア政府軍やシリア民主軍に対して人間の盾として抵抗した[11]。
- 2013年9月9日、フィリピンのサンボアンガを襲撃したモロ民族解放戦線は、占領した村の住人を人間の盾として利用し、フィリピン軍と戦った[12]。
- 2017年、フィリピンの武装組織アブ・サヤフは、フィリピン軍との間でマラウィ市内で市街戦を繰り広げた際に、住民を人間の盾として利用した[13]。
- 2021年、クーデターを起こしたミャンマー軍は市民による武装組織との戦闘に際し、既に拘束した市民を人間の盾として利用した[14][15]。
問題点
[編集]パレスチナ自治区では、NGOの国際連帯運動 (International Solidarity Movement, ISM) のメンバーが「人間の盾」として様々な活動に従事している。ISMは、パレスチナ人の家々がイスラエルのブルドーザーで破壊されるのを身体を張って阻止し、またパレスチナ人の子供たちの通学へ同行したりしている、と主張している。しかし、ISMのメンバーの中には、志願して盾となり一般市民を守ることと、イスラエル国防軍 (IDF) が、自らの軍事標的を守るために、捕らえられたパレスチナ人を盾として使用することを、両方とも人間の盾という言葉を使って表現することは不適切であると主張している者もいる。
盾が個人ではなく全住民である場合、集団的な「人間の盾」として非合法の武装集団が利用する。武装集団は基地を非戦闘員の居住区におくことで敵からの攻撃を防ぐのである。また、敵からの攻撃で非戦闘員が巻き添えを食って死傷した場合、これを宣伝(プロパガンダ)に利用する。
人間の盾を破ることは、ヒューミントによって人質たる民間人の位置を特定すると同時に、テロ組織のみを殺傷する精密爆撃をもってすれば不可能ではなくなった(十分なヒューミントが実施できなければコラテラル・ダメージを被ることとなる)。
また、事前に目標を攻撃する日時を相手側に予告し、その予告通りに攻撃をすることで「事前に日時を知らせて攻撃しているのだから、その攻撃目標に民間人がいて犠牲になるのはそちらの責任だ」と主張できるため、現在では人間の盾は意味がない。このためイラク戦争にてイラクは、人間の盾になるため入国した人間をスパイと見なした(人間の盾にはなれないと知りつつ、「イラク戦争を間近で見たいという」という欲求のために人間の盾に志願して入国する者もいた)。
関連項目
[編集]- 戦術 - 人質(盾)
- 抗議活動 - 人間の鎖/座り込み
- 無防備都市宣言
- 非武装地帯
- 赤十字
- ペルシウムの戦い - 動物を盾に用いた歴史上の例。ペルシア王カンビュセス2世はエジプト人に神聖視(バステト信仰)されていた猫を盾に縛り付け(あるいは象り)、エジプトを征服した[16]。
脚注
[編集]- ^ 「人間の鎖」、「座り込み」内の「政府に対するものなど政治的な抗議」も参照。またはcategory内の「抗議行動の戦術」も参照。
- ^ http://www.sekai-kikoh.net/?p=3637
- ^ https://www.sankei.com/article/20140614-FJZLXDHVAVP7JFWJC4F27EL25A/
- ^ Bill Van Esveld (August 17, 2009). Rockets from Gaza: Harm to Civilians from Palestinian Armed Groups' Rocket Attacks. Human Rights Watch. p. 26. ISBN 1-56432-523-7
- ^ Library of Congress (October 2, 2007). The Library of Congress World War II Companion. Simon & Schuster. p. 335. ISBN 0-7432-5219-5
- ^ History of World War II: Victory and Aftermath. Marshall Cavendish Corporation. (2005). p. 817. ISBN 0-7614-7482-X
- ^ The Law of Air Warfare - Contemporary Issues. Eleven International Publishing. (2006). p. 72. ISBN 90-77596-14-3
- ^ “Israel and the Occupied Territories Shielded from scrutiny: IDF violations in Jenin and Nablus”. Amnesty International (2002年11月4日). 2007年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月26日閲覧。
- ^ Human Rights Watch, Jenin: IDF Military Operations, VII. Human Shielding and the Use of Civilians for Military Purposes, May 2002.
- ^ 「人間の盾」志葉 玲の報告
- ^ 廃墟と化したISIS「首都」、ドローンが捉えた最前線 CNN(2017年8月30日)2017年9月10日閲覧
- ^ TED ALJIBE (2013年9月12日). “フィリピン商業都市の占拠続く、イスラム武装集団と軍が激戦”. AFPBB News 2013年9月14日閲覧。
- ^ フィリピン南部で市街戦、比海兵隊員13人死亡 米特殊部隊が支援 AFP(2017年6月11日)2017年6月15日閲覧
- ^ 津田知子 (2021年5月17日). “拘束住民を「人間の盾」に…手段選ばぬミャンマー国軍”. 読売新聞オンライン (バンコク: 株式会社読売新聞東京本社) 2021年5月19日閲覧。
- ^ 福山亜希 (2021年5月18日). “ミャンマー軍、住民を「人間の盾」に 市民側反撃できず”. 朝日新聞デジタル (バンコク: 株式会社朝日新聞社) 2021年5月19日閲覧。
- ^ 松本舞「猫と文学: その壱(ヨーロッパ篇)」『表現技術研究』第13号、広島大学表現技術プロジェクト研究センター、2018年3月31日、1-21頁、doi:10.15027/45398。