吉村明宏

吉村よしむら 明宏あきひろ
本名 同じ
生年月日 (1957-12-22) 1957年12月22日(67歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県横浜市
血液型 A型
身長 174cm
言語 日本語
方言 共通語
芸風 ものまね
事務所 ホリプロ
活動時期 1975年 -
配偶者 飯村いづみ
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吉村 明宏(よしむら あきひろ、1957年12月22日 - )は、日本お笑いタレント。所属事務所ホリプロは元ミス日本タレント飯村いづみで、子供が2人いる。

来歴・人物

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神奈川県横浜市鶴見区出身[1]逗子開成高等学校卒業[1]。高校の同窓に声優の堀内賢雄がいる。

高校在学中の1975年、『ぎんざNOW!』(TBS)素人コメディアン道場で、和田アキ子のモノマネを披露し5週勝ち抜いてチャンピオンになり、「浜っ子吉村」名義でデビューする[1]

その後10年ほど売れずにアイドルのコンサートの司会をして過ごす日々が続いたが、その司会で一生懸命会場を盛り上げていた姿が認められ、ホリプロのスカウトを受け芸名を本名に改名する。

その後、『アッコにおまかせ!』(TBS)『歌のトップテン』(日本テレビ)『ものまね王座決定戦』(フジテレビ)など人気番組に次々出演し一躍人気タレントとして売れ始める。

和田アキ子本人からも非常に気に入られ、和田の弟分としての芸能界での立ち位置を確立する。そして和田の冠番組である『アッコにおまかせ!』の準レギュラーとして生中継リポーターを務めた。中継先から「アッコさーん!」と何度も呼びかけるが、スタジオで他の話題で盛り上がってしまって和田等の応答が遅れると、年長の和田に向かって突然「おい和田っ!」と呼び捨てで怒り出して笑いを取った。

「あの頃は〜、ハッ!」「ハ〜ヒフ〜ヘホ〜!」などのギャグを入れた和田アキ子のモノマネは定番である。もともと「あの頃は〜」でおなじみのヒット曲「古い日記」には直後に「ハッ!」というフレーズはなかったが、吉村が和田に似せた発声法としてモノマネしたものが人気になり、そのイメージがすっかり定着したため、和田本人が後に発売したバージョンでは「あの頃は〜」の後に和田自身「ハッ!」と叫んでいる。

和田のモノマネでたくさんの番組からオファーされるなど人気が高くなり、1991年9月30日から初の冠帯番組・『吉村明宏のクイズランチ』(TBS系列)がスタートした。

1995年12月には、宮古島にて芸能人ハーフマラソン大会の番組にも出演し、3位に入る活躍を見せた[注 1]。1996年11月2日放送の『超熱血27時間ぶちぬき炎のチャレンジ宣言!!』(テレビ朝日)では森脇健児らと共にフルマラソンに挑戦して、5時間ほどで完走した。日頃よりジムに通ったり自宅周辺をジョギングしていることは、テレビや雑誌などで何度も本人が公言している[注 2]

しかし、1998年9月には13年間[注 3]準レギュラーを務めてきた『アッコにおまかせ!』も降板することとなった。最大の後ろ盾だった和田のバックアップを失った影響は大きく、仕事が激減してしまいレギュラー番組はなくなった。

2000年10月7日放送の『オールスター感謝祭'00秋 超豪華!クイズ決定版 20世紀最後の特大号』(TBS)を最後にめったに全国ネットの番組に出演しなかったが、以下の番組をはじめとして数年に一度の割合で出演はしている。

  • 『アッコにおまかせ!』(TBS、2010年7月18日・2015年12月20日各放送分)

『しくじり先生〜』のゲスト出演時には、スタッフに対しての上から目線の他に挙げた理由として「アッコさんの隣にいた自分まで偉いと勘違いしていた」「売れたのは自分の実力と勘違いしていた」「自分はアッコさんの腰巾着」であったと言う[2]

三代目三遊亭圓歌芸能人弟子である[注 4]

出演

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現在の出演

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以前の出演

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テレビドラマ

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テレビCM

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ラジオ

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ラジオCM

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  • SL AUTO
  • 吉川住建

書籍

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主なものまねのレパートリー

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脚注

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注釈

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  1. ^ 1位は間寛平、2位は織田無道だった。他にも工藤兄弟トミーズなどが参加した。
  2. ^ 実際に、雑誌『Tarzan』(マガジンハウス)の鍛えている芸能人のコーナーで、グラビアに登場したことがある。
  3. ^ 1991年10月から93年3月までの一年半は、『吉村明宏のクイズランチ』出演のため一時降板していた。
  4. ^ ただし、吉村本人は落語家としての活動は行っていない。

出典

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  1. ^ a b c 週刊テレビ番組(東京ポスト)1985年8月23日号「プロフィル」22頁
  2. ^ a b 『解決!ナイナイアンサー』で吉村明宏が語った「芸能界から消えた」理由(2014年2月12日)

外部リンク

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