VX方式
VX方式 VX | |
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メディアの種類 | 磁気テープ |
記録容量 | VZ-T30:30分 VZ-T60N:60分 VZ-T100:100分 VZ-T120:120分 |
フォーマット | アナログ |
読み込み速度 | 52.133 mm/s |
読み取り方法 | 回転1ヘッドα巻きヘリカル走査 |
策定 | 松下寿電子工業 |
主な用途 | 映像等 |
大きさ | 213×146×44 mm(テープ幅:12.65 mm(1/2インチ) |
重さ | 550g(100分テープ) |
関連規格 | VHS、ベータマックス(競合規格) |
VX方式(ブイエックスほうしき)は、松下寿電子工業(現:PHC)が松下電器の「ナショナル」ブランドで1975年(昭和50年)から1976年(昭和51年)にかけて発売した家庭用VTR(ビデオテープレコーダ)規格。1ヘッドα巻きと分厚いカセット、ヘッドがカセット内に潜り込む珍しい構造が特徴である。
この項では松下電器でVX方式以前に存在した規格、オートビジョン方式(商品名「a-VISION」)にも触れる。
概要
[編集]松下電器(現:パナソニックホールディングス)は、1973年(昭和48年)に家庭用VTR規格として1/2インチテープカートリッジ(CP-508規格[1])を採用したオートビジョン方式VTR「a-VISION」『NV-5125』[2][3][4]を発売[5]。日本ビクター(現:JVCケンウッド)の上層部はこの方式を採用するよう現場に指示を出したが、ビデオ事業部長が「この方式は本命ではない」との考えで拒絶して不採用となり、1972年(昭和47年)から始まっていたVHS開発を進展させた[5]。オートビジョン方式は録画時間が最大30分と短く、本体価格が348,000円と高価格であったため[2]、市場の反応も悪く受け入れられず、短期間で消える結果となり失敗に終わった[5]。なお、オートビジョン方式VTR「NV-5110」「NV-5120」「NV-5125」の3機種は1973年度のグッドデザイン賞を受賞している[6]。
1974年(昭和49年)にはテープ幅3/4インチのU規格でクロスライセンスを結んでいたソニーから、テープ幅1/2インチVTRでの規格統一のためベータマックスに関するVTR試作機・技術・ノウハウを公開されたこともあり、そちらに興味を持っていたが[7]、松下グループ(現:パナソニックグループ)内で「四国の天皇」と呼ばれるほど力を持っていた松下寿電子工業社長・稲井隆義が1975年(昭和50年)に独自に立ち上げたのがVX方式である。
ヘリカルスキャン方式でも家庭用での採用は珍しい「α巻き」を採用し、1リール2段巻きの厚みのある縦型カセットテープは、内部にヘッドが潜り込む独特の構造となっていた(ワンヘッドダイレクトローディング方式と呼ばれた)。これは、Uマチック(U規格)やベータ方式・VHS方式などがカセットからテープを引き出して回転する筒状のヘッドドラムにΩ の形のように巻きつけるという複雑な動作をしなければならないのに対し、VX方式はカセット内部であらかじめ巻きつけるような形状になっているα部分(ヘッド挿入口)にヘッドドラムを潜りこませるだけなので、比較的ビデオデッキのメカがシンプルにできたという利点があった。一方でカセット内部で常にα巻きしている分、テープに負担がかかり、テープが絡まる・切れやすい、ACモーター1台でメカを駆動させるため消費電力が多い[8]などの弱点があった。
松下電器は家庭用ビデオ規格が乱立していた1970年代中盤、このままVX方式で行くのか、もしくはVHSかベータマックスを新たに採用するのか不鮮明な態度であったが、1976年(昭和51年)末に相談役の松下幸之助とソニー・日本ビクター上層部による会談が行われ、その席で幸之助は同じ松下の子会社である日本ビクターのVHS方式の採用を決定したため[7]、VX方式は2機種作られただけで結果的に姿を消すこととなった。
U規格のカセットはサイズが大きいことから「どかべんカセット」とも呼ばれたが、VX方式のカセットテープもU規格のカセットと同じく大きく更に分厚いため、こちらも「どかべんカセット」と呼ばれた。
その他
[編集]漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で亀有公園前派出所の仮眠室のビデオデッキはVX方式のデッキが描かれていた(テレビも相当古い)。ただ、大分前に廃れてしまったビデオ規格であるため、実際に使われているかは不明。1990年代中盤以降、近代的なAVカラーテレビに置き換えられ、VX方式のデッキも消滅している。また、両津勘吉はVX方式デッキの修理が得意と言う描写もある[9]。本デッキには別売りタイマーが存在していたが、それを持ち主は利用していなかった。
なお、東京都墨田区のレトロエンタープライズが、VX方式からのダビング作業(デジタルアーカイブ)に対応している[10]。
発売された機種
[編集]- VX-100(四国地区限定発売)- 1975年(昭和50年)発売(198,000円)
- VX-2000 - 1976年(昭和51年)発売(210,000円)
- 赤穂市立民俗資料館に実機とテープが展示されている。
OEM製品
[編集]VX方式概要
[編集]- 記録方式:回転1ヘッドα巻きヘリカルスキャン方式
- ヘッドドラム径:48mm
- カセットテープサイズ: 213×146×44mm(550g)
- テープ幅:12.65mm(1/2インチ)
- テープ送り速度:52.133mm/s
- ビデオ記録トラック幅:48μm(ガードバンドあり、トラックピッチは73μm)
- オーディオトラック幅:0.4mm
- コントロールトラック幅:0.75mm
- テープヘッド相対速度:9.091m/s
- 映像信号:周波数変調(FM)シンクチップ:3.3MHz/白ピーク:4.6MHz、クロマ信号:低域変換方式(688.374kHz)
- 音声信号:1チャンネル長手方向記録(0.4mm)
- 録画時間:30分、1時間(60分)、1時間40分(100分)、2時間(120分)
当時存在した家庭用ビデオ規格
[編集]カッコ内は制定年又は発売年、会社名は提案会社。U規格のみテープ幅3/4インチ、他は1/2インチ。
- U規格(1970年3月):ソニー・松下電器・日本ビクター → 放送・業務用専用に用途変更
- オートビジョン方式(1973年)松下電器・日立電子 → 市場に受け入れられず短期間で消滅(前述)
- Vコード(1974年9月):東芝・三洋電機 → VコードIIへ発展
- β方式(1975年5月):ソニー → のちにVHS併売
- VX方式(1975年10月):松下電器(松下寿) → VHS陣営へ
- VコードII(1976年6月):東芝・三洋電機 → ベータ陣営へ(のちにVHS陣営へ)
- VHS方式(1976年9月):日本ビクター → デファクトスタンダード
脚注
[編集]- ^ 1/2インチオープンリール統一I型(EIAJ-1型)ニューカラー規格のカートリッジ版。EIAJ-2又はEIAJ-aフォーマットとも呼ばれる。
- ^ a b カタログ・コレクション VTR編 / 1973年 ナショナル NV-5125(archive.is参照)
- ^ LabGuy's World:Panasonic NV-5125
- ^ カートリッジビデオ(EIAJ CP-508 カートリッジVTR)各社カタログ(資料)、日本アナログ映像研究所(archive.is参照)
- ^ a b c 岩本敏裕「VTR産業の生成 : 製品中核技術に焦点を当てた日本企業の競争優位」『アジア経営研究』第15巻、アジア経営学会、2009年、121-130頁、doi:10.20784/jamsjsaam.15.0_121、ISSN 13412205、CRID 1390001288106513536。
第6回シンポジゥム『研究開発と企業競争力』/ 大曽根収「VHS世界制覇への道」 東洋大学経営力創成研究センター、2006年7月8日(インターネットアーカイブ参照) - ^ 1973 グッドデザイン賞、グッドデザイン賞受賞ギャラリー
- ^ a b Sony History 第2部 第2章 規格戦争に巻き込まれた秘蔵っ子、ソニーグループ
- ^ 1977年6月発売のVHSビデオ・マックロードNV-8800は38Wだったが、VX-2000は98Wもあった。
- ^ 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』71巻『無加月くんのツキだめし!の巻』
- ^ 古いビデオ方式からのデジタル化・アーカイブ作業 - レトロエンタープライズ