シャボン玉こんにちは

シャボン玉こんにちは
ジャンル トークバラエティ番組
構成 奥山恍伸 ほか
演出 多良寛則
桂邦彦
ほか
出演者 愛川欽也
うつみ宮土理
湯原昌幸
松岡きっこ
山城新伍
浅井栄子
太田裕美
音楽 長洲忠彦
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本語
製作
プロデューサー 大友和夫
製作 TBS
放送
放送局TBS系列
映像形式4:3
音声形式モノラル
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1975年9月29日 - 1981年3月27日
シャボン玉こんにちは(15分番組時代)
放送期間1975年9月29日 - 1978年9月29日
放送時間月曜 - 金曜 12:25 - 12:40
放送分15分
シャボン玉こんにちは(20分番組時代)
放送期間1978年10月2日 - 1979年7月6日
放送時間月曜 - 金曜 12:20 - 12:40
放送分20分
キンキンのこんにちは
(正式名称は『シャボン玉こんにちは』のまま)
放送期間1979年7月9日 - 1981年3月27日
放送時間月曜 - 金曜 12:20 - 12:40
放送分20分
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シャボン玉こんにちは』(シャボンだまこんにちは)は、1975年9月29日から1981年3月27日までTBS系列局で放送されていたTBS製作のトークバラエティ番組である。前期には牛乳石鹸共進社の一社提供で放送されていたが、後期には同社を含む複数社提供へ移行していた。

1979年7月9日からはキンキンのこんにちは」と表示するようになったが[どこ?]、正式タイトルはその後も不変だった。

概要

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生放送による帯番組で、毎日話題の歌手やタレントを招きながら、彼らとのトークや歌を楽しむことをコンセプトに据えていた。基本としてTBSのスタジオから放送されていたが、日本各地の屋外からの生中継で構成される日もあった。

放送開始当初は、愛川欽也うつみ宮土理が司会を担当。オープニングでは、愛川とうつみの似顔絵が描かれたフリップを順番に出しながら、愛川による「キンキン」・うつみによる「ケロンパ」(いずれも愛称)のコールを流した後に、2人揃ってのタイトルコールに合わせてタイトルロゴのフリップを映していた。スタジオから放送する場合には、タイトルロゴのフリップからスタジオの映像に切り替わると、提供クレジットが表示されるまで2人だけのクロストークが展開されていた。スタジオには、日めくり式のカレンダーがセットの壁に掛けられていたほか、2人の背後にホワイトボードを設置。放送日のカレンダーに記されている標語をうつみが紹介したうえで、その標語をめぐって、ホワイトボードを使いながら愛川との間で丁々発止のやり取りを繰り広げていた。このため、ゲストは提供クレジットと牛乳石鹸製品のコマーシャル(事前収録分)を放送してからスタジオに登場していた。

また、番組の中盤には、牛乳石鹸製品の生コマーシャルを挿入。本編を生中継で構成する場合にも放送されていた。初期の生コマーシャルでは、「シャワラン」(当時発売されていたシャンプーリンス)を紹介する場合のみ同製品のCMソング(歌:ピンク・レディー)、他の製品の紹介中に「牛乳石鹸のうた」(作詞・作曲:三木トリロー)のインストゥルメンタルBGMに流していた。

愛川とうつみは、当番組での共演がきっかけで、放送期間中の1978年に結婚。2人揃って司会を務めていた1978年の3月20日には、『マン・マン・マーチ/坊やどこいくの』というデュエット曲のレコードが、東芝EMIから発売されている(EP:TP-10397)。もっとも、同年6月には司会を揃って降板。降板後は、湯原昌幸松岡きっこのコンビが1978年末まで司会を引き継ぎながら、「シャボン玉相談室」(視聴者がハガキで寄せられた相談にゲストが生放送で答える企画)などを放送していた。

1979年1月からは山城新伍浅井栄子(TBSアナウンサー(当時))が司会を務めていたが、同年7月から愛川が太田裕美とのコンビで司会に復帰した。愛川が司会を務めた時期は愛川が「お昼のひとときシャボン玉」、女性司会者(うつみ → 太田)が「夢が広がるシャボン玉」と言った後に「シャボン玉こんにちは! ハァ~イ!」と2人が叫ぶことで生放送を締め括っていた。

牛乳石鹸共進社の単独提供番組として始まったが、湯原・松岡コンビの司会時代から、同社の生コマーシャルを残しつつ他社(ダイエーアース製薬など)との共同提供体制へ移行。牛乳石鹸共進社は当番組の終了を機に、TBSが平日のランチタイムにレギュラーで放送する番組のスポンサーを降りた。ただし、愛川は後継番組の『キンキン・祐子のおじゃましまーす』でも司会を務めた。

放送開始までの経緯

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TBS系列には1975年3月30日まで、牛乳石鹸と同じく大阪市に本社を置く朝日放送(現在の朝日放送テレビ)が準基幹局として加盟していた。朝日放送では、牛乳石鹸の単独提供番組である『シャボン玉プレゼント』を本社で制作。1975年3月28日(金曜日)までは、平日の13時台にTBS系列で放送されていた。しかし、近畿広域圏におけるネットチェンジ(同月31日)によって、前日までNET(現在のテレビ朝日)系列の準基幹局であった毎日放送がTBS系列に加盟。朝日放送は『シャボン玉プレゼント』の制作を続けながらも、ネットチェンジによってNET系列に移ったため、同番組は放送枠を変えずに3月31日からNET系列局で放送されるようになった。

その一方で、TBS系列では1969年6月30日から、TBS(1970年3月までは朝日放送との共同)制作による『ベルトクイズQ&Q』(事前収録番組)を平日の正午(12:00)から40分間放送。前述したネットチェンジ後も、関西地方のネット局を朝日放送から毎日放送へ変更したうえで継続していた。しかし、ネットチェンジから半年後(1975年10月)の改編で放送時間が25分に短縮されたことに伴って、短縮分の15分を活用する格好で当番組を新たに編成した。1978年10月からは、『ベルトクイズQ&Q』の放送時間が20分に縮小されたことを受けて、当番組の放送時間を20分に拡大している。

放送時間

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いずれも日本標準時

  • 月曜 - 金曜 12:25 - 12:40 (1975年9月29日 - 1978年9月29日)
  • 月曜 - 金曜 12:20 - 12:40 (1978年10月2日 - 1981年3月27日) - 放送枠が5分拡大。

出演者

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司会

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アシスタント

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音楽・指揮

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演奏

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スタッフ

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3代目(1978年10月 - 1979年7月)
  • 構成:奥山恍伸(現:奥山コーシン)、河村達樹
  • 技術:清都信義
  • カラー調整:田中茂
  • 照明:久保田芳實
  • 音声:松本百合雄
  • 美術デザイン:山田栄
  • 音響:大鐘信慶
  • 演出:多良寛則
  • プロデューサー:大友和夫
  • 制作:中村寿雄
  • 製作著作:TBS
4代目(1979年7月 - 1981年3月)
  • 構成:奥山恍伸(現:奥山コーシン)、河村達樹
  • 技術:清都信義
  • カラー調整:安藤紘平、横井義雄
  • 照明:大野治利
  • 音声:春日井真一郎
  • カメラ:高田裕、本木明博
  • 美術デザイン:山田栄、金子俊彦
  • 美術制作:中嶋美津夫
  • 音響:中本建
  • プロデューサー:大友和夫
  • 演出:多良寛則、桂邦彦
  • 制作:中村寿雄
  • 製作著作:TBS

ネット局

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※系列は放送終了時点のもの。

放送対象地域 放送局 系列 備考
関東広域圏 東京放送 TBS系列 製作局
現・TBSテレビ
北海道 北海道放送
青森県 青森テレビ
岩手県 岩手放送 現・IBC岩手放送
宮城県 東北放送
福島県 福島テレビ TBS系列
フジテレビ系列
山梨県 テレビ山梨 TBS系列
長野県 信越放送
新潟県 新潟放送
静岡県 静岡放送
中京広域圏 中部日本放送 現・CBCテレビ
石川県 北陸放送
近畿広域圏 毎日放送
岡山県 山陽放送 現・RSK山陽放送。当時の放送免許エリアは岡山県のみ。
島根県鳥取県 山陰放送
広島県 中国放送
山口県 テレビ山口 TBS系列
フジテレビ系列
1979年4月2日から[1]
高知県 テレビ高知 TBS系列
福岡県 RKB毎日放送
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
大分県 大分放送
宮崎県 宮崎放送
鹿児島県 南日本放送
沖縄県 琉球放送

脚注

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  1. ^ 1979年3月まではテレビ朝日の『アフタヌーンショー』をネットしていたので未放送だった。もっとも、開局から1978年9月まではJNN・FNN・ANNのトリプルネットであった

関連項目

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TBS系列 平日12:25 - 12:40枠
前番組 番組名 次番組
ベルトクイズQ&Q
(1969年6月30日 - 1975年9月26日)
※12:00 - 12:40
  • 15分縮小して継続
シャボン玉こんにちは
(1975年9月29日 - 1979年7月6日)↓
キンキンのこんにちは
(1979年7月9日 - 1981年3月27日)
キンキン・祐子のおじゃましまーす
(1981年3月30日 - 1981年9月25日)
TBS系列 平日12:20 - 12:25枠
ベルトクイズQ&Q
(1975年9月29日 - 1978年9月29日)
※12:00 - 12:25
  • 5分縮小して継続
シャボン玉こんにちは
(1978年10月2日 - 1979年7月6日)

キンキンのこんにちは
(1979年7月9日 - 1981年3月27日)
キンキン・祐子のおじゃましまーす
(1981年3月30日 - 1981年9月25日)