白波瀬米吉
白波瀬 米吉(しらはせ よねきち、1887年(明治20年)4月11日[1] - 1986年(昭和61年)11月13日[1][2])は、大正から昭和期の実業家、政治家。参議院議員(1期)。
経歴
[編集]京都府出身[1][2]。京都法政大学(現立命館大学)を修了した[2][注 1]。
1914年(大正3年)京都府農業技手となる[2]。以後、郡是製糸(現グンゼ)取締役、日本蚕糸統制常務理事、日本中央蚕糸会議員、日本蚕糸製造取締役、蚕糸調査会臨時委員、農林省生糸問屋審査会委員、日本セルローズ工業取締役、日本殖産興業取締役、岐阜紡績社長などを務めた[2]。
1950年(昭和25年)6月の第2回参議院議員通常選挙で全国区に自由党公認で出馬して当選し[3]、参議院議員に1期在任した[1][2]。この間、自由党総務、参議院自由党副会長、参議院両院法規委員長、第3次鳩山一郎内閣・北海道開発政務次官などを務めた[2]。1956年(昭和31年)7月の第4回通常選挙で全国区に自由民主党公認で立候補したが落選した[4]。
1966年(昭和41年)春の叙勲で勲二等瑞宝章受章[5][6]。
1986年(昭和61年)11月13日死去、99歳。死没日をもって従四位に叙される[7]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』314頁では立命大卒。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
- 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。