吾妻郡

群馬県吾妻郡の範囲(1.中之条町 2.長野原町 3.嬬恋村 4.草津町 5.高山村 6.東吾妻町。薄緑色:後に編入された区域 薄黄:後に他郡に所属した区域)

吾妻郡(あがつまぐん)は、群馬県上野国)の

人口47,854人、面積1,278.55km²、人口密度37.4人/km²。(2024年12月1日、推計人口

以下の4町2村を含む。

郡域

1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記の4町2村から高山村を除き、下記を加えた区域にあたる。

  • 利根郡みなかみ町(大字須川、東峰、西峰須川、入須川、布施、師田、吹路、永井、猿ヶ京温泉)

歴史

近代以降の沿革

知行 村数 村名
幕府領 幕府領 42村 新井村、川原畑村、大戸村、萩生村、本宿村、●須賀尾村、鎌原村、川原湯村、林村、与喜屋村、羽根尾村、長野原村、狩宿村、横壁村、大柏木村、草津村、前口村、干俣村、赤岩村、箱島村、湯宿村、原岩本村、合瀬村、四万村、大道新田、横谷村、栃窪村、大前村、猿ヶ京村、岡崎新田、入山村、大笹村、田代村、入須川村、上須川村、門貝村、厚田村、川戸村、金井村、岩井村、植栗村、松尾村[1]
旗本領 4町
44村
小泉村、泉沢村、奥田村、五町田村、蟻川村、横尾村、赤坂村、大塚村、伊勢町、青山村、生須村、日影村、立石村、勘場木村、坪井村、今井村、赤羽根村、中居村、西窪村、小宿村、袋倉村、芦生田村、古森村、東峰須川村、西峰須川村、須川町、師田村、新巻村、平村、布施村、原町、吹路村、長井村、太子村、小雨村、山田村、市城村、折田村、郷原村、上沢渡村、中之条町、西中之条村、矢倉村、五反田村、三島村、松谷村、下沢渡村、岩下村
  • 慶応4年6月17日1868年8月5日) - 新政府が岩鼻陣屋に岩鼻県を設置。当郡の全域を管轄。
  • 明治4年10月28日1871年12月10日) - 第1次府県統合により群馬県(第1次)の管轄となる。
  • 明治6年(1873年6月15日 - 熊谷県の管轄となる。
  • 明治7年(1874年)(4町82村)
    • 赤羽根村・中居村が合併して三原村となる。
    • 湯宿村が布施村に、合瀬村が長井村に、上須川村が入須川村にそれぞれ合併。
  • 明治8年(1875年)(4町76村)
    • 狩宿村・小宿村が合併して応桑村となる。
    • 立石村・勘場木村・坪井村が合併して大津村となる。
    • 新井村が与喜屋村に、横谷村・松尾村が松谷村にそれぞれ合併。
  • 明治9年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により、熊谷県が武蔵国の管轄地域を埼玉県に合併して群馬県(第2次)に改称。当郡域は群馬県の管轄となる。
  • 明治11年(1878年12月7日 - 郡区町村編制法の群馬県での施行により、行政区画としての吾妻郡が発足。郡役所が中之条町に設置。

町村制以降の沿革

1.中之条町 2.原町 3.東村 4.太田村 5.坂上村 6.岩島村 7.長野原町 8.嬬恋村 9.草津村 10.沢田村 11.伊参村 12.名久田村 13.久賀村(紫:東吾妻町 桃:みなかみ町 赤:中之条町 橙:草津町 青:合併なし +は高山村)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(3町10村)
    • 中之条町 ← 中之条町、西中之条村、伊勢町、青山村、市城村(現・中之条町)
    • 原町 ← 原町、金井村、川戸村(現・東吾妻町)
    • 東村 ← 五町田村、箱島村、岡崎新田、奥田村、新巻村(現・東吾妻町)
    • 太田村 ← 植栗村、岩井村、小泉村、泉沢村(現・東吾妻町)
    • 坂上村 ← 大戸村、萩生村、本宿村、須賀尾村、大柏木村(現・東吾妻町)
    • 岩島村 ← 岩下村、松谷村、三島村、矢倉村、郷原村、厚田村(現・東吾妻町)
    • 長野原町 ← 長野原村、与喜屋村、羽根尾村、古森村、大津村、応桑村、横壁村、林村、川原畑村、川原湯村(現存
    • 嬬恋村 ← 三原村、今井村、鎌原村、門貝村、袋倉村、芦生田村、西窪村、大笹村、大前村、干俣村、田代村(現存
    • 草津村 ← 草津村、前口村(現草津町)、赤岩村、小雨村、生須村、太子村、日影村、入山村(現・中之条町)
    • 沢田村 ← 四万村、山田村、折田村、上沢渡村、下沢渡村(現・中之条町)
    • 伊参村 ← 原岩本村、五反田村、蟻川村、大道新田(現・中之条町)
    • 名久田村 ← 平村、横尾村、大塚村、赤坂村、栃窪村(現・中之条町)
    • 久賀村 ← 須川町、東峰須川村、西峰須川村、入須川村、布施村、師田村、吹路村、長井村、猿ヶ京村(現・利根郡みなかみ町)
  • 明治29年(1896年
    • 4月1日- 郡制の施行のため、以下の変更が行われる。(3町10村)
      • 利根郡・北勢多郡および当郡の一部の区域(久賀村)をもって、改めて利根郡が発足。久賀村が郡より離脱。
      • 西群馬郡高山村の所属郡が当郡に変更。
    • 7月15日 - 郡制を施行。
  • 明治33年(1900年7月1日 - 草津村が廃止となり、一部(大字草津・前口)に草津町が、残部(赤岩・小雨・生須・太子・日影・入山)に六合村がそれぞれ発足。(4町10村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和30年(1955年
    • 3月1日 - 原町・太田村・岩島村・坂上村が合併し、改めて原町が発足。(4町7村)
    • 4月15日 - 中之条町・沢田村・伊参村・名久田村が合併し、改めて中之条町が発足。(4町4村)
  • 昭和31年(1956年2月1日 - 原町が吾妻町に改称。
  • 平成18年(2006年3月27日 - 吾妻町・東村が合併して東吾妻町が発足。(4町3村)
  • 平成22年(2010年3月28日 - 六合村が中之条町に編入。(4町2村)

変遷表

自治体の変遷
明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
利根郡 湯ノ原村 湯ノ原村 明治41年5月1日
新治村
利根郡
新治村
利根郡
新治村
利根郡
新治村
平成17年10月1日
利根郡みなかみ町の一部
利根郡
みなかみ町
吾妻郡 久賀村 明治29年4月1日
利根郡へ移行
原町 原町 原町 原町 昭和30年3月1日
原町
昭和31年2月1日
吾妻町に改称
平成18年3月27日
東吾妻町
東吾妻町
太田村 太田村 太田村 太田村
岩島村 岩島村 岩島村 岩島村
坂上村 坂上村 坂上村 坂上村
東村 東村 東村 東村 東村
長野原町 長野原町 長野原町 長野原町 長野原町 長野原町 長野原町
草津村 明治33年7月1日
草津町
草津町 草津町 草津町 草津町 草津町
明治33年7月1日
六合村
六合村 六合村 六合村 平成22年3月28日
中之条町に編入
中之条町
中之条町 中之条町 中之条町 中之条町 昭和30年4月1日
中之条町
中之条町
沢田村 沢田村 沢田村 沢田村
伊参村 伊参村 伊参村 伊参村
名久田村 名久田村 名久田村 名久田村
嬬恋村 嬬恋村 嬬恋村 嬬恋村 嬬恋村 嬬恋村 嬬恋村
西群馬郡 高山村 明治29年4月1日
吾妻郡に移行
高山村 高山村 高山村 高山村 高山村 高山村

行政

歴代郡長

特記なき場合『群馬県吾妻郡誌』による[2]

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 真野節 明治11年(1878年)12月 明治18年(1885年)8月10日
2 町田重平 明治18年(1885年)8月10日 明治18年(1885年)9月18日
3 石原蔵蔵 明治18年(1885年)9月18日 明治19年(1886年)8月25日
4 小関信国 明治19年(1886年)8月25日 明治20年(1887年)12月28日
5 井原昂 明治20年(1887年)12月28日 明治22年(1889年)3月12日 北甘楽郡長に転任
6 鳥山無可 明治22年(1889年)3月12日 明治29年(1896年)4月
7 石川泰三 明治29年(1896年)4月 明治31年(1898年)10月4日
8 辻鉀三郎 明治31年(1898年)10月4日 明治36年(1903年)5月27日 多野郡長に転任
9 深田錠八 明治36年(1903年)5月27日 明治37年(1904年)11月1日
10 山崎金四郎 明治37年(1904年)11月1日 明治41年(1908年)12月23日
11 関鉎三郎 明治41年(1908年)12月23日 明治45年(1912年)2月23日
12 井上喜三 明治45年(1912年)2月23日 大正3年(1914年)8月4日 北甘楽郡長に転任
13 藤崎正義 大正3年(1914年)8月4日 大正8年(1919年)9月1日
14 原勝 大正8年(1919年)9月1日 大正10年(1921年)3月5日 碓氷郡長に転任
15 鳥海喜久多 大正10年(1921年)3月5日 大正12年(1923年)12月24日 邑楽郡長に転任
16 新居明 大正12年(1923年)12月24日 大正13年(1924年)10月4日
17 羽鳥升平 大正13年(1924年)10月4日 大正13年(1924年)12月17日 佐波郡長に転任
18 富塚善助 大正13年(1924年)12月17日 大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注

  1. ^ 「旧高旧領取調帳」には掲載なし。
  2. ^ 群馬県吾妻教育会 1929, 371-372頁.

参考文献

  • 群馬県吾妻教育会 編『群馬県吾妻郡誌』群馬県吾妻教育会、1929年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1209825 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 10 群馬県、角川書店、1988年6月1日。ISBN 4040011007 
  • 旧高旧領取調帳データベース

関連項目